【コラム】「市川市民以外の自動車利用者が大きな利便を得るなら、市民は生活環境の損失を補償されねば不公平」という意見

コラム

本稿の標題は、21年前の2002年に発行された『―市川の郷土史― 市川の古道を歩く』(市川博物館友の会歴史部会)という本に収録されている、「オオケェドウはいつ出来たか」という文章の中で、松岡春樹さんが表明している意見(一部改編)です。
※ちなみに、冒頭の画像の左側の一冊がこの本で、右の本とともに、市川市中央図書館で借りました。
※※ちなみに、ちなみに、「オオケェドウ」は「大海道」と書くようで、本八幡駅から宮久保、曽谷を経て、大野へと至る、アップダウンのある道を指すそうですよ。

この意見が、どのような文脈において提示されたかを確認してみます。

 そしてまた何時施工されるか知らないが、半地下式の東京外環道路が、北国分から平田の方まで、掘割工事を行なうときなど、真間の入江の古代景観を知る上では、絶好の機会である。
(私は決してそれが早く行なわれることを望んでいる訳ではない。若し市川市民以外の自動車利用者が、それにより大きな利便を得るなら、市民は土地代だけでなく、失う生活環境の賠償、即ち騒音、通学、買い物、近所付き合い、緑生など、生活環境の損失を補償されねば不公平である。―――― 話が脇へそれた)

出所:松岡春樹「オオケェドウはいつ出来たか」(市川博物館友の会歴史部会『―市川の郷土史― 市川の古道を歩く』2002年)太字は筆者

松岡さん、「話が脇へそれた」と書いてはいますが、文章の最後に――「絶好の機会である」でしめくくれたものを――想いが溢れて書き加えたようですね。21年後に私というひとりの人間に、その想いが届きましたよ、松岡さん。脇にそれていなければ、私に想いが届くことはありませんでした。

当時、計画段階にあったのであろう、東京外環道路(東京外かく環状道路)が完成した暁には、以下のような効果が見込まれていました。

  • 慢性的な渋滞が緩和され、自動車による所要時間が短縮される
  • 渋滞の緩和により排ガスが削減される
  • 幹線道路の抜け道として生活道路を利用する自動車が減少する
  • 災害などで一部の区間に普通が生じても移動できるようになり、緊急車両が早く目的地に到達できる
  • 物流の効率化により様々な事業者の活動が活発になる(巡り巡って消費者が享受する価値の向上にもつながるかもしれない)

出所:東京外環プロジェクト「整備効果」(https://tokyo-gaikan-project.com/business/effect.php、2023年11月23日閲覧)を参考に作成

松岡さんの上の文章が世に出てから15年半ほどが経過した、2018年6月2日、外環道の千葉県区間(三郷南ICインターチェンジから高谷こうやJCTジャンクション)が開通しました。これにより、上記のような効果が少なからずもたらされたことでしょう。

今年の6月末(2023年6月30日)に、国土交通省関東地方整備局 道路部、東日本高速道路(株) 関東支社、首都高速道路(株)が、連名で出したプレスリリース「東京外かく環状道路(千葉区間)開通5年後の整備効果~経済効果や交通環境の向上に寄与~」(https://www.e-nexco.co.jp/pressroom/kanto/2023/0630/00012670.html)によると、東京外環自動車道(三郷南IC~高谷JCT、延長15.5km)、国道298号(国道6号~国道357号、延長11.4km)の開通から5年後における主な効果は、以下の通りです。

経済への効果

  • 沿線の市川市、松戸市、船橋市を中心に、毎年約900億円の経済効果が見込まれる
  • 今後3環状道路が完成すると、毎年約1兆円の経済効果が見込まれる
  • これらの市では、工業地地価が約30%上昇、固定資産税(土地・家屋・償却資産)、従業員数(運輸業・郵便業)が約5%増加

広域への効果

  • 交通転換等により、中央環状線の交通量が最大3割減少、中央環状線内側(中央環状線含む)の渋滞損失時間が開通前と比較して約2割減少
  • 首都高事故発生日に、約8割が迂回ルートとして利用し、約52分短縮
  • 開通で結ばれた地点間(高谷JCT→三郷JCT)の所要時間が約20分短縮

地域への効果

  • 地域の南北交通の約8割が国道298号を利用し、交通量が約2割減
  • 市川松戸線の平均所要時間が約2割短縮するなど、沿線居住者の約9割が所要時間の短縮を実感
  • 抜け道として利用されていた生活道路の交通量が約4割減少し、安全性向上に寄与

また、プレスリリースの添付資料には、この区間の道路が開通したことに併せて整備した「道の駅いちかわ」で、地元産の野菜や果物を販売したり、カルチャースクールを開講していることにより、地域経済と⽂化交流に寄与していることも、地域への効果として挙げられていました。

一方、開通前の2018年3月4日に開催されたイヴェント「外環道&道の駅 オープンフィールドinいちかわ」に参加した(自宅から歩いて1~2分のところを外環道が通っているという)人は、このように書いています。

 利便性が高まる半面、高速道路までの距離が近いため、騒音や排ガスといった環境の悪化は気になるが、まだ開通前であるため、今後の状況は不透明な部分が多い。イベントに参加した折には高速道路の側道沿いを歩いたが、自宅近くと同様に、生活道路が所々で分断され、今まで通ることができていた道が通行できなくなり、これまで馴染んでいた道の状況も一変してしまった。これは皆同じ状況のようで、所々で参加者が戸惑っている様子が見受けられた。道路は街や生活を大きく変えるのだと実感した。

出所:商業施設新聞、永松茂和「呟きコラム 商業記者の独り言。『No.650 新設道路で高まる期待と不安』」(2018年4月3日)https://www.sangyo-times.jp/article.aspx?ID=2575、2023年11月25日閲覧、太字は筆者

生活道路が分断され、地域が分断される、ということは、外環道を快適なスピードで走る自動車に乗る人(地元の人ではない人)には、実感しづらいことです。この文章は、地元の人ならではの、そして、道路が建設されたタイミングでの、貴重なものですね。

WEB松戸よみうり「外環千葉県区間6月開通 計画から半世紀 環境に配慮した道路に」(2018年4月22日、https://www.matsudo417.com/matsuyomi/?p=1064)には、外環道をめぐる経緯が簡潔に記されていました。その内容をまとめると、概ね次の通りです。

  • 昭和30年代、東京オリンピック(1964年)を前に、モータリゼーションが進展している時代に構想された
  • 昭和41年(1966年)から44年(1969年)にかけて東京、埼玉、千葉で都市計画が決まったが、全ての区間で地域から反対の声が上がった
  • 昭和44年(1969年)に松戸・市川の千葉県区間で都市計画が決まったが、47年(1972年)に市川市議会で「凍結再検討」の決議が出され、48年(1973年)には建設大臣が「県、市、住民が反対なら一時やめるべき」と国会で答弁して、一時凍結となった。同年11月には松戸市長も「外環反対」を表明した
  • 公害など、環境問題が大きな社会問題になっており、道路が通ることによって排気ガス、騒音、振動といった問題や、景観や日照の問題が起こるという懸念もあった
  • 計画が突然発表されたことへの反発や、密な地域コミュニティが40メートルの幅で分離されてしまうことによる「地域分断」が起こるのでは、といった声もあった
  • 平成8年(1996年)に国土交通省は都市計画を変更、高架で通る高速道路に反対する地元の声に配慮し、延長約10㎞にわたって半地下の掘割スリット構造を採用、地上部には沿道の環境を守るための緩衝帯がつくられた
  • 用地買収は難航(総工費の約4割が用地買収にあてられたという)
  • 市川市の小塚山や矢切の斜面林などの貴重な緑をどのようにして残すかという課題があった(小山につくられた橋では、斜面林の景観を阻害しないように遮音壁が透明板になっており、斜面林の樹木を工事でできるだけ改変しないよう工夫された)

都市計画が発表された当時、道路の建設に伴い、地域分断が起こるのではないか、という懸念が表明されたということです。では、実際にはどうなったのか、というと…

県道283号から市川市立鶴指小学校の東側に広がる住宅街を歩く。

実は2009年のストリートビューではこの辺りから既に商店街があった。ピンク色の街灯がずらーっと北へ伸びる。

右側は薬から日用品まで揃うマルトミ?

また、小岩信用金庫八幡支店や中央信用金庫などの看板も。

商店街の面影を伝えるパナソニックの看板がある「ナカノデンキ」。現在も営業している数少ない一軒。

その向かいにあるのが「鶴指文具」。トンボ鉛筆の看板が残るこの佇まい、良く残っていたな…素晴らしい。

近くに鶴指小学校があるので、鶴指文具店?まさにこの地域の子供たちにとって大切な場所だったに違いない。

2011年、店舗前にはレトロなガチャガチャも。看板右側は「高級水彩えのぐ ギターペイント」だったが「たばこ」に変更されている。

また、鶴指文具の脇道の奥あたりに銭湯「八幡湯」が存在した。以前、銭湯一覧をまとめた際に発見。今回この場所を訪れるきっかけとなった。

銭湯「八幡湯」があったと思われる跡地は住宅になっていて、かつてどんな銭湯だったのかは全く分からなかった。覚えている方がいたら教えてください。

そして、鶴指文具店の北側にも商店街が広がっていたのだが、2009年時点で更地に。街灯だけが残っている。

明治牛乳、千葉相互銀行、国民相互銀行、浅草ハムなど。銀行名も時代を感じるものばかり、ストリートビューで確認できるのは嬉しいが、今は同じ場所とは思えないほど景色は変わった。

東京外環自動車道が東西にでき、商店街が完全に分断され消滅してしまったのだ。

2009年以前、商店街が賑わっていた頃はどんな景色だったのだろう…便利さと引き換えに街が消えた。

出所:Deepランド、「市川の再開発で消えた商店街。みよし通り商店会・大洲東商店会・三栄商店会」(2022年8月4日)、https://deepland.blog/icikawa-syoutengai/、2023年1月11日閲覧、青色太字は筆者

これは、当サイトで何度も紹介している、「Deepランド」 (郷土史家・明里あけさとさんのブログ)に綴られた文章の一部です。道路が通り、商店街が分断されて消滅したことを、Googleストリートビューで確認した時の悲しみが綴られています。
※明里さんのブログ「Deepランド」は大変素晴らしいので、もし、読んだことがないという人がいたら、本稿を読むのは一旦休んで、今すぐアクセスしてほしいくらいです。

Deepランド 大人の夢の国へようこそ!
https://deepland.blog/

「Deepランド」を紹介した記事です。

都市開発(この場合は再開発)により、人々が長年親しんだ景観が失われる可能性について綴ったコラムはこちらです。

ところで、東京外かく環状道路(または、東京外郭環状道路。「郭」の字を用いない表記が現在の主流ですが、なぜ「郭」ではなく「かく」とひらがなで表記するのか、ご存知ですか?私はその理由を知りません。もし、知っている人がいたら教えてください。

ちなみに、最近の記事で、「郭」を使っていたものがありました。各メディアで、「郭」を使うか使わないかを判断しているのでしょうか。

 東京外環状道路(外環道)の工事を担う東日本高速道路(NEXCO東日本)が、東京都調布市の野川サイクリング道路に開いた穴を道路管理者である狛江市に無断で補修していた問題で、NEXCO東日本とNEXCO中日本、国土交通省へのヒアリングが18日、永田町で開かれた。共産党の国会議員が主催し、住民も参加した。

朝日新聞デジタル「道路の穴を無断補修、国交省にも報告せず 外環道工事のNEXCO側」(2023年10月19日)https://www.asahi.com/articles/ASRBL730HRBLUTIL02K.html、2023年11月24日閲覧、赤色文字と赤色太字は筆者による強調

そうそう、市川市が関係している、今後行われる、または、検討が進められている道路の建設というと、北千葉道路と、新湾岸道路がありますよね。

北千葉道路については、こちらの記事で取り上げました。

新湾岸道路のことは、当サイトではこれまでに取り上げたことはありませんが、今年、早期実現を目指す動きがあり、報じられたことは記憶に新しいと思います。

 東京湾岸地域の慢性的な交通渋滞の抜本的な解消を目指す新湾岸道路の整備に向けて、千葉県と沿線6市は26日、「新湾岸道路整備促進期成同盟会」を立ち上げ、千葉市中央区内のホテルで設立総会を開いた。湾岸地域のさらなる活性化へ「県三番瀬再生計画との整合性を図り、地域の生活環境に配慮した新湾岸道路の早期実現を目指す必要がある」とする設立趣旨を承認。国土交通省や財務省に要望を行うことを決めた。

出所:千葉日報オンライン「新湾岸道路、早期整備を 期成同盟会設立 千葉県と6市、国に要望」(2023年5月27日)https://www.chibanippo.co.jp/news/politics/1063695、2023年11月23日閲覧、太字は筆者

本稿を執筆している今日(2023年11月24日)から1週間、市川市役所第一庁舎の1階にある「ファンクションルーム」で、新湾岸道路のパネル展が開催されます。といっても、本稿の公開予定日(同年12月12日)には、終了しているので、おいおいお~い!今更伝えられても意味なくない?と、思ったかもしれません。そうだとしたら、素直にI’mSorry!

出所:「広報いちかわ」2023年11月18日号(3面)を加工

さて、色々綴ってきましたが、道路の建設により、地域内外の人々や事業者が恩恵を受けるのだとしたら、地域住人は、生活環境の損失を補償されないと不公平だ!という、松岡春樹さんの意見に則るならば、地域が分断され、(明里さんの言葉を借りれば)街が消えてしまったことに対して、その街で店を営んでいた人、住んでいた人は、十分に補償されたのか、気にならないと言えばウソになります。

今、本八幡駅北口再開発が、注目を集めています。先程紹介したコラムを始め、当サイトでは何度もその話題を取り上げてきました。明里さん流に言えば、もうすぐ、今ある街が「消える」かもしれません。もうすぐ。具体的に書けば、現状の八幡一番街がなくなる可能性があります。

今後、本八幡駅北口の再開発計画の内容が明るみになっていくと思いますが、是非、見ていただきたいと思います。

駅前再開発ということでいうと(そして、再開発に伴いタワーマンションを建設した事業ということでいうと)、市川駅南口のアイリンクが思い出されます。計画段階の資料に掲載されていた「ペデストリアンデッキ(イメージ)」と、そこに添えられた文によれば、アイリンクと名付けられた市川駅南口の空間は、「緑豊か」で「自然との出会い」がある、ということです。

出所:市川駅南口再開発事業 タウン・コンセプトI-LinkCity「駅前交流都市を目指して」
https://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000013926.pdf

現状のアイリンクは、果たして「緑豊か」でしょうか。「自然との出会い」を求めて、ここに人が集まって来る、そんな空間になっているでしょうか。

市川市では、駅前再開発事業でタワーマンションを建設しようという動きがあり、地域の環境に小さくない影響を及ぼすであろう道路建設が計画されていたり、検討されています。

蓋を開けてみたら(工事が終わってみたら)、事前に言っていたものと全然違うじゃないか!ということがないように、私たち市民が、計画に対して、積極的に意見を述べていく必要があると思いながら、こんな文章を、今日も書いています。

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執筆日 2023年11月23日、24日、25日
公開日 2023年12月12日