【コラム】「市川ブランド」とは? Part2

コラム

執筆日 2023年5月23日
公開日 2023年5月26日

たくさんの人に市川市を好きになってもらえるように、地域が一体となって市川市の観光に取り組むことを記した『市川市観光振興ビジョン~気づいて市川 築いてICHIKAWA~』というものがあります。2022年3月に、市川市の観光部観光政策課が2022年3月に発行したこの冊子を読んで、ビジョンの「基本方針1」が、「地域ごとの魅力磨き上げと市川ブランドの確立」であることを知ったのが、少し前の私です。

「市川ブランド」とは何でしょうか。

これについて、書きながら考え、考えながら書いたのが、先日公開した「【コラム】「市川ブランド」とは? Part1」です。

本稿は、これの続きとして位置付けられる雑文で、主に市川市議会で市川市議会議員や市長(いずれも当時)が、「市川ブランド」なるものを、どのように捉えてきたかを見ていこうというものです。早速、時系列でみていきましょう。

2003年12月8日、前田久江議員の発言

最初にご紹介するのは、市川市議会における20年前の発言です。

 市川市には、東山魁夷、幸田露伴、永井荷風、水木洋子、井上ひさし、郭沫若等の画家、文人が生活を営み、市川市を落ちついた東の鎌倉、昔の向島を思い出させるような好風景が残っていると言わせたように、当市にはほうふつとした彩り豊かな歴史と文化資産が存在し、古きは万葉集にうたわれ、江戸時代には小林一茶が訪れて俳句を詠んだように、名所旧跡や風雅な景色がある伝統と文化の町でもありますが、その多くは京成沿線に位置いたしております。国府台と真間地域には里見八犬伝由来の里見公園や野菊の墓。中でも有名なのは、桜の名所地として知られる弘法寺と真間の手児奈霊堂、中山地域では法華経寺を中心とした数々の名所等、鎌倉にも匹敵する観光資産と、京成線を利用できる利便性があるにもかかわらず、観光地としての魅力に欠けているのか、市川ブランドにはなり得ていない面があります。その原因の1つは、情報発信と広告宣伝のあり方に問題があると思いますが、特に観光拠点駅周辺に特徴がないこと、観光地としての雰囲気づくりが欠乏していること、さらには名所旧跡地への回遊性の整備不足等があると思いますが、京成沿線の名所旧跡地を抱える駅からの回遊順序づくり、案内板の設置及び観光地イメージづくりについて、市当局はどのような施策をお持ちなのかお聞かせください。

出所:市川市公式Webサイト、市川市議会会議録(2003年12月8日)より前田久江議員の発言、https://www.city.ichikawa.lg.jp/cou01/kaigiroku20031208.html、2023年5月23日閲覧、太字およびマーカーは筆者による

市川市には(ここでは特に京成沿線に注目していますが)文化資産や名所があるものの、観光地としての魅力には欠け、ポテンシャルがあるものの、その力(秘められた力!)を発揮できていないのではないか、と指摘した上で、市がどのような対応をしているか、施策を問うていますね。これに対して、本島彰建設局長と小林巧文化部長が回答しています。回答を本稿では紹介しませんが、20年前に市川市がどのような考えのもと、どのような施策を講じていたか、講じようとしていたのかを(例えば、菅野駅前の整備をめぐって住民が市に説明を求めている)今、振り返っておくことは意義のあることだろうと思います。

2007年2月22日、千葉光行市長の発言

続いて、16年前、当時の市川市長、千葉光行さんの発言です。

 ところで、豊かな自然、すばらしい景色を望めるこの市川市は、かつては東の鎌倉と言われ、近年では文化都市、文教都市として知られております。これが都市のイメージとして定着しているかのようにも思えます。しかし、都市間競争が始まった現在において、ほかの都市と異なる独自の価値、あるいは独自の魅力までには至っていないという感も反面あります。この市川のブランド、すなわち他の自治体と差別化を図れるまでに高められた都市としての独自の価値や魅力は、市川市の町を商品として評価するようなものではなく、また、ブランドという言葉の持つ1つ1つのイメージとして、高級感とでも申しますようなものを挙げられる方もいらっしゃいますが、そういったものを求めるわけではなく、あくまでも市川らしさが市民にも、他の地域で暮らす人々にも魅力となるような都市としてのブランドとご理解をいただきたいというふうに思います。例えば市川の豊かな自然や文化は、確かに市川らしさの1つとして誇れるものでありますが、ここに安らぎや安心感、便利さ、親しみなどというような観念を織り込んで、さらに質的なグレードアップをし、市川のブランド力を高めていくために都市ブランドの視点を加えた施策を展開していこうというのが新年度の市政運営の基本的姿勢の1つであるとご理解をいただきたいと思います。それは文化に限らず、新年度重点施策で挙げさせていただいた健康都市いちかわの推進、あるいは電子自治体の推進、都市の再整備、1%制度、さらには環境政策、また教育の分野においても、他市に例がない施策を全国に先駆けて積極的に推進してまいりましたが、トップレベルまで高め、さらに時代を先取りしたメッセージ性の高い新たな事業を展開していくなど、市川市として、市民と共有できる都市ブランドを形成してまいりたいというふうに考えているわけであります。

出所:市川市公式Webサイト、市川市議会会議録(2007年2月22日)より千葉光行市長の発言、https://www.city.ichikawa.lg.jp/cou01/kaigiroku20070222.html、2023年5月23日閲覧、太字およびマーカーは筆者による

2007年度、市政運営の基本姿勢のひとつとして、市川市において「都市ブランド」の視点を持った施策を実施することを挙げていた千葉光行市長が、「都市ブランド」の意義、「市川ブランド」とはどのようなものを指しているのかを、上記の他、この日やその前日などに議会の中で繰り返し説明していました。

16年前に市川市では、リーダー(市長)自らが、市川ブランドを高めることを打ち出して、そのための施策を講じようと動いていたことを、今改めて確認し、このあと紹介する議員の発言にも登場しますが、ここ数年、まさに都市ブランドを磨き上げて、都市としての魅力を向上させることに成功した千葉県流山市よりも(恐らく)早い段階から、ブランドという考え方を自治体運営の中心に置いていた、その先見の明に、「ぐ、ぐむぅ~」と唸らざるを得ません。

※今、ささっとネットで検索してみたところ、流山市では、2003年5月に就任した井崎義治市長が、同年、まずは準備としてマーケティング室を立ち上げ、翌2004年にマーケティング課をつくっている、ということがわかりました。流山市よりも早い段階、などと書きましたが、どうやらそうではないみたいですね。「はやとちり」(by宇多田ヒカル)でした。素直にI’mSorry.(byチェッカーズ)。

それから16年が経ち、市川市長は、千葉光行さんの後、大久保博さん、村越拓民さん、そして、現在の田中甲さんと、バトンが引き継がれてきたわけですが、市川ブランドなるものは確立されているでしょうか。

2007年2月22日、石崎たかよ議員の発言

次に紹介するのは、上の千葉市長の発言があったのと同じ日の議会における、石崎たかよ議員の発言です。

 3ページ25行目、「全国の自治体で政令指定都市を目指す動きが活発化しているのも」から「政令指定都市の持つブランド力に着目しているからではないか」、4ページ2行目、「WHO健康都市」「全国でトップレベルのIT施策」から、「市川駅南口再開発のツインタワーも」「ランドマークとなりうる」と記載されています。自然や文化に加えて都市ブランドとして掲げられている政令指定都市、WHO健康都市、IT施策、ツインタワーは、市民と共有できる市川ブランドか、私は疑問に思っています。
 かねてから文教都市と言われ、福祉や教育にこそ誇れる内容の施策を展開してきたというブランドこそが求められているのではないでしょうか。都市ブランド、それは他との差別化、他から高く評価される、そしてまた市民が誇れるものであると思います。世界トップのIT、ツインタワーという高級住宅街、そしてWHOの一員であるというネームバリュー、日本一、または世界へ羽ばたく市川と言われても、市民にとっては何ら実感がなく、市民が誇れるブランドとは思われません。もっと足元を見つめてほしいと思います。
 かつてから誇りであった文教都市、歴史ある市川の教育を守る、質の高い教育への信頼、温かい福祉都市、国の制度改革に独自のセーフティーネットをひいたり、加配によるさらなる充実をしたりしてきました。また、参加のまちづくりでは、地域の高い教育力を生かしたり、地域の見守りや支え合いから地域課題の発掘とその解決という住民自治を大事に育てていくことが市川のブランドだと思っています。

出所:市川市公式Webサイト、市川市議会会議録(2007年2月22日)より石崎たかよ議員の発言、https://www.city.ichikawa.lg.jp/cou01/kaigiroku20070222.html、2023年5月23日閲覧、太字およびマーカーは筆者による

施政方針の中で語られた、市川ブランドの具体的な中身について、石崎さんが批判をしています。このように、市の方針があり、それに対して市民の代理人たる議員が、おかしいと思うことを指摘したり、不明点を明瞭にするために質問をする、その繰り返しが、議会でおこなわれているというわけですね。

2007年12月11日、大川正博議員の発言

同じ年の12月の議会では、大川正博議員が、「教育先端都市」である、ということが、「市川ブランド」である、という意味の発言をしています。

 日本における急激な少子・高齢化社会への移行は、社会情勢のあらゆる構造変化を起こし、また、市民ニーズも多様に変化しております。幼児教育は、20年後の子供たちを見据え、利潤を考えないで、子供、保護者、教師が一体となって考える公立幼稚園の存在意義は大変大きいものがあります。本市における公立幼稚園の存在は、公立幼稚園を維持し、教育先端都市としての自負を持つ市川市が誇れる市川ブランドといっても決して過言ではありません。幼稚園は義務教育ではありませんが、就学前教育はどの子供にとっても必要です。幼児期は、人間形成の重要な時期であり、小学校、中学校、高等学校など、大切な教育基盤となります。幼稚園機能を持たせた幼児教育センターは、公立幼稚園が率先して果たさなければならない使命であり、課題であると考えます。

出所:市川市公式Webサイト、市川市議会会議録(2007年12月11日)より大川正博議員の発言、https://www.city.ichikawa.lg.jp/cou01/kaigiroku20071211.html、2023年5月23日閲覧、太字およびマーカーは筆者による

市川市が(つまり、市川市の職員や議員などが、市川市のことを)「文教都市」と称していることは知っていましたが、先端を行く教育が行われている都市=「教育先端都市」としての自負を持っている、ということは、この会議録を読んで初めて知りました。

ちなみに、例えば、2013年3月15日の議会では、石原よしのり議員が、「レベルの高い公立小中学校を整備することで教育の充実を図って市川ブランドを高めていく」という発言をしています(https://www.city.ichikawa.lg.jp/cou01/kaigiroku20130315.html)。「教育の充実を図ること」で「市川ブランドを高めてい」けるのだ、との考え方を示しているわけですね。

2010年12月9日、松永鉄平議員の発言

次に紹介するのは、2010年なので今から13年前、松永鉄平議員の発言です。前段で、ブランド構築のためにどのようなことに取り組んでいくのかを質問し、それに対する市の職員からの回答を受け、次のような発言をしています。

 取り組みに関しては理解をいたしました。その上でPRに関してでありますけれども、この都市ブランド構築のためにはPRということ、要はどうマーケティングをしていくかということが非常に重要になってくるんだというふうに思います。先進事例を見てみますと、例えば千葉県の流山市はマーケティング専門の部署を設けて積極的にマーケティングを発信しております。
 この間、私が目に触れたもので言いますと、例えば都内の主要駅に、父になるなら流山、母になるなら流山というようなメッセージボードを置いて、すごいでかいやつですけれども、人々の目に触れるようにしたりというふうに、マスに訴えかけるということを展開して、その上でホームページで発信とかブログで発信とかといういろんなことをしています。恐らくこれからのマーケティングというのは、このマスをどう使っていくかということが今まで自治体が行ってこなかったことであり、これから必要になってくる分野じゃないかなというふうに思います。しかしながら、いろんな都市がやり始めてからやり始めても遅いわけでありまして、市川市が率先してこのことをやっていくということが都市ブランド構築のためには重要かなというふうに思います。幸いながら市川市にはたくさん素材があります。例えば永井荷風が歩いた町がありますとか、いろんなPRの仕方ができると思うんですね。ぜひこの点を積極的に取り組んでいただきたいと思いますし、その上で今のマスではなく、個別に生声を聞く、そしてコミュニケーションを図るような、ブログとかツイッターというソーシャルメディアを使ったマーケティング、この両輪で行っていくということが重要だと思いますので、ぜひ取り組んでいただきたいと思います。

出所:市川市公式Webサイト、市川市議会会議録(2010年12月9日)より松永鉄平議員の発言、https://www.city.ichikawa.lg.jp/cou01/kaigiroku20101209.html、2023年5月23日閲覧、太字およびマーカーは筆者による

PRが重要だと言っていますね。パブリック・リレーションズ。知ってもらうための活動です。ソーシャルメディアの活用が大事だとも言っています。2010年当時、Twitterの国内ユーザー数は1,000万人でした(https://www.comnico.jp/we-love-social/twitter-15th-anniversary)。直近では、ユーザー数は4,500万人だそうです(https://www.comnico.jp/we-love-social/sns-users)。市川市は、今ではTwitter、Instagram、Facebook、YouTube、LINEといったメディアを通じて情報発信をしています。普段、各種SNSでの発信を見ていると、PRには活用していると感じますし、それがブランド構築にもつながりうると感じる使われ方の場合もありますね。

ところで、先ほども触れましたが、松永鉄平議員の発言には流山市の事例が登場していますね。2022年には、『流山がすごい』という書籍が発売されました。

参考:『流山がすごい』

話題の本『流山がすごい』は、流山に住むジャーナリストの大西康之さんが書いた本です。

「母になるなら、流山(ながれやま)市。」のキャッチコピーで、6年連続人口増加率全国トップ――。かつては数多ある東京のベッドタウンの一つにすぎなかった千葉県流山市がいま、脚光を浴びている。「子育て中の共働き世代」に的を絞った政策をはじめ、人材活用、産業振興、都市計画、環境保全まで、あらゆるテーマを同時並行で推し進める。流山市在住30年、気鋭の経済ジャーナリストが、徹底取材でその魅力と秘密に迫る。

出所:新潮社公式Webサイト、「流山がすごい」ページ、https://www.shinchosha.co.jp/book/610979/、2023年5月23日閲覧

この紹介文だけでも内容が気になりますが、これが掲載されているWebページにも載っている目次を見ると、俄然、読みたくなります。ところどころ、抜粋しながら紹介しますね。面白そうなところを。

第3章 市議になるなら流山 近藤みほ
データを揃え市長を説得
「今は転入してこないで!」

第4章 「母になるなら、流山市。」流山市改造計画
妻は出馬に大反対
村上春樹風「もう一つの未来」
「流山中央」→「流山おおたかの森」

第5章 「千葉のニコタマ」はこうして出来上がった
スタバより「角上魚類」
「次のニコタマ」を探して

第6章 起業するなら流山 和菓子店の女主人は31歳
切り絵行燈と利根運河
古民家リノベーション
若者を引き寄せる力
白みりん、小林一茶、近藤勇

第7章 流山は1日にしてならず 角栄を口説いた男・秋元大吉郎
ヘソのない陸の孤島
松戸、野田との棲み分け
審議会のキーパーソン
住民への説明を徹底

第8章 野菜買うなら流山 有機農法の鉄人・小野内裕治
都心から25分の場所にある耕作放棄地
障がい者を農場へ
フードロスゼロを目指す

第9章 天才サッカー少年が球団社長になる 流山FC・安芸銀治
流山でサッカー漬けに
目標は「10年以内にJリーグ」
流山の心の支えに
「すすめ!!パイレーツ」

第10章 東京ドーム30個分の「EC神殿」が1万人を雇用する
「物流」という新しい産業
倉庫が市民の命を守る

出所:新潮社公式Webサイト、「流山がすごい」ページ、https://www.shinchosha.co.jp/book/610979/、2023年5月23日閲覧

第6章に、「古民家リノベーション」という節があります。市川市にも、民家ではなくかつて精肉店として使われていた建築をリノベーションした「アトリエ029」という素敵なスペースがあります。空き店舗を壊して建て直す(スクラップ&ビルド)のではなく、リノベーションという方法を採ることで、まちの歴史を継承し、その上に新たな風を吹き込むことが可能になります。

第7章には、「松戸、野田との棲み分け」という節があります。市川市に当てはめるならば、「浦安、船橋、松戸との棲み分け」でしょうか。

第9章、「目標は『10年以内にJリーグ』」も気になりますね。市川市には市川SCというサッカークラブがあり、現在は千葉県社会人リーグ1部で戦っています。

市川SC 公式Webサイト
https://ichikawasc.com/

出所:市川SC公式サイト(順位は2023年5月22日時点)

クラブのGM(ゼネラルマネージャー)を務めている幸野健一さんには、2022年9月22日の『第20回いちカイギ~子どもと大人の健康と幸せ~』にご登壇いただきました。

最近の議会ではめっきり登場しなくなった「市川ブランド」

「市川ブランド」とは?と題したコラムを、2回に渡ってお送りしました。今日紹介した発言は、2010年までのもので、文中で取り上げた発言を含めても、2013年のものでした。ここ最近は議会で「市川ブランド」についての議論はおこなわれていないの?という疑問を呈されるかもしれません。

市川市公式Webサイトの会議録検索システムを駆使して、「市川ブランド」という言葉が登場する会議録を探すわけですが、2010年頃を境に、この言葉はめっきり登場しなくなりました。梨や野菜をブランド化するという話題はたびたび登場するのですが、都市ブランドの文脈で「市川ブランド」という言葉はほとんど出てきていません。

ところが、議会で久しぶりにこの言葉が聞かれたのです。今年の3月に。

2023年3月10日、宮本均議員の発言

宮本均議員がこの日に行った2つ目の質問は、観光行政に関するものでした。YouTubeで、宮本議員と関観光部長のやりとりを見ることができます(13分~18分)。

市川市議会令和5年2月定例会(第8日3月10日)2.市政に関する一般質問(宮本均議員)。動画開始から13分のところから観光行政について見や元議員が質問しています。質問に対して関観光部長が市川市内の観光資源の例を挙げて説明するなどしています。

文字起こしをするまでもない内容だったので、どんな発言があったかは書きませんが、興味のある方はこちらの動画で確認してみてください。関部長の発言は、「【コラム】『市川ブランド』とは?Part1」(https://fs-ichikawa.org/ichikawa_brand_20230509/)で取り上げた『市川市観光振興ビジョン~気づいて市川 築いてICHIKAWA~』に掲載されている内容と概ね同じだったように思います。

ま★と★め

と、いうわけで、まとめます。ちなみに、「ま★と★め」は、「パ★テ★オ」に倣った表記です。「PATIO」ではなく。

既に述べたように、2010年頃は議会でも盛んに「市川ブランド」についての問答がありましたが、ここ最近はめっきりとこの言葉を聞くことはなくなりました。

1年前に出された観光振興ビジョンの基本方針1として、「地域ごとの魅力磨き上げと市川ブランドの確立」が掲げられているので、「市川ブランド」が、今後は議会でも議題に上がる可能性が高いと思いますし、市からの情報発信でも、この言葉が使われる機会があるのではないかとも思います。

「市川ブランド」とは?という題を冠しましたが、それはまだ不明瞭で曖昧なものであり、今後、これを確立するのだ、ということなのですね。

基本方針1 地域ごとの魅力磨き上げと市川ブランドの確立

市川市は地域ごとに多様な資源・魅力を有しています。これらのポテンシャルを最大限に引き出し、独自性を活かした見せ方へと工夫を凝らすことで、さらに魅力あふれるものに磨き上げていきます。
また、テーマ性・ストーリー性を意識して点在する観光資源を繋げることで、周遊性や更なる高付加価値を生み出し、都市型観光を推進します。同時に、ブラッシュアップした観光資源から、市全体・各地域の核・拠点となる観光資源を選定し、「市川ブランド」の確立を目指します。

出所:市川市 観光部 観光政策課「市川市観光振興ビジョン~気づいて市川 築いてICHIKAWA~」(2022年3月)、https://www.city.ichikawa.lg.jp/common/tou01/file/0000396489.pdf、2023年5月5日閲覧

この基本方針、何度か読んでいますが、正直なところ、意味するところが何であるのか、よくわからないです。抽象的だからでしょうか。「同時に」の前の一文の意味はクリアです。明瞭です。「同時に」から始まる最後の一文、これの意味が…

1.観光資源をブラッシュアップする
市川市の各地に存在する多様な資源のポテンシャルを引き出し、工夫して、独自性を生かした見せ方をする

2.都市型観光を推進する
市川市の各地に点在する観光資源を、テーマ性・ストーリー性を意識してつなぎ、周遊性を高めたり付加価値を高める

3.市川ブランドの確立を目指す
ブラッシュアップした観光資源から市川市全体、あるいは各地域における拠点となるものを選定する

この1→2→3が、「基本方針1 地域ごとの魅力磨き上げと市川ブランドの確立」だと認識しています。「3.市川ブランドの確立を目指す」の意味がどうしてもわからないです。

わかるよ、という方がいらっしゃったら、こっそり教えてください。

「市川ブランド」とは何か、引き続き、その行方に注目してまいります。

よろしくお願いシママース(塩)!