【コラム】「市川市男女平等基本条例」と「市川市男女共同参画社会基本条例」の違い

コラム

執筆日 2023年5月16日
公開日 2023年5月18日
更新日 2023年7月23日

市川市には、「男女共同参画社会を実現するため、男女が互いに人権を尊重し、共に平等に社会参画し、生き生きと安心して暮らしていける市川市を築くことを目的」として制定された条例があります。それが、「市川市男女共同参画社会基本条例」で、平成19年(2007年)4月1日より施行されました。この条例は2023年5月現在も有効で、これを踏まえて「市川市男女共同参画基本計画」がつくられています。

それ以前には、このような条例がなかったのかというと、そんなことはありません。ありました。

この条例の成立を目指す議員と反対する議員が意見を述べ合った市川市議会(2006年12月6日)での、反対派・笹浪保議員の発言をみてみましょう。。

そもそも市川市で制定された男女平等基本条例は、1979年、国連第34回総会で女子差別撤廃条約が採択され、1985年、日本は女子差別撤廃条約を批准しました。そして、1999年に男女共同参画社会基本法を公布、施行しました。これを受けて、市川市においても男女平等社会の推進に向けて市民意識調査を実施し、基本計画の策定を市民参画で行うなど、積極的に取り組んできました。その過程で、議会内において議員の手で条例をつくろうという機運が高まり、超党派で――超党派でですよ――2年間かけて議論をし、条文の修正に応じるなど、議員全員に開かれた議論の場を保障してきました。また、市民アンケート調査、大学での意見交換会、各種団体との意見交換会、さらには市民公聴会を実施するなど、民主的なプロセスを踏み、市川市議会初の議員立法として全会一致――全会一致です――で採択され、2002年12月、全国の模範となる市川市男女平等基本条例が制定されました。

出所:市川市公式Webサイト、「市川市議会 会議録」(2006年12月6日)における笹浪保議員の発言、https://www.city.ichikawa.lg.jp/cou01/kaigiroku20061206.html、2023年5月16日閲覧、青字・青太字は筆者

引用箇所全体に対して強調部分が多すぎる、悪い見本ですね、これは。

笹浪氏の発言にある、2002年12月に制定された「市川市男女平等基本条例」は、「男女の実質的な平等を実現するため、それを阻んでいる要因を取り除き、男女が互いに人権を尊重し、共に自立した個人として平等に社会参画し、いきいきと安心して暮らしていける市川市を築くことを目的」としたものでした。2006年に、これを廃止し、新たに前述の「市川市男女共同参画社会基本条例」を制定、2007年4月から施行され、今に至ります。

「市川市男女平等基本条例」から、「市川市男女共同参画社会基本条例」へ。

条例名に含まれる語、「男女平等」と「男女共同参画」に、どのような違いがあるのか、ということについては、稿を改めて綴る予定です。

ここでは。2つの条例の条文を比較して、どこが異なるのかを確認してみます。こちらのWebサイトの新旧対照を元に、変更前の表現と変更後の表現を上下に並べることとします。

男女平等基本条例改正案新旧対照
http://www2u.biglobe.ne.jp/~takayo/topics/danjyo/img/4.pdf

この新旧対照があって本当に助かりました。どなたが作成したものかわかりませんが、ありがとうございます!

それでは、新旧の条例を比較していきます。

青文字は変更前の「市川市男女平等基本条例」赤文字は変更後の「市川市男女共同参画社会基本条例」の条文です。変更前後の条文は必ずしも一対一対応ではないところもありうる旨、あらかじめご了承ください。変更があった箇所や、特に注目してほしいと私が思う箇所には下線を施しました。

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「市川市男女平等基本条例」を廃止して、新たに「市川市男女共同参画社会基本条例」を制定したわけですから、その目的も変更されています。元の条例では、社会には男女不平等な局面があることを前提としており、男女平等な社会の実現を阻害する要因をなくしていこう、と謳っています。変更後は、そのあたりが消えています。わざわざ消しているということは、新しい条例は、この社会には男女不平等なことがないということを前提にしているか、あるいは、不平等はあるものの、それを是正して男女平等な社会を目指すことを目的にはしない、うがった見方をするならば、現存する男女不平等は温存されたままであってもよく、男女共同参画社会を実現しさえすればよい、という思想が見え隠れします。

この、目的の変更は、非常に大きな意味を持っています。2023年の現在からみても、「市川市男女平等基本条例」の目的は先進的だと思いますが、この目的を持つ条例が16年前に廃止されたことは残念ですし、進歩ではなく後退だったのではないか、と思えてなりません。

基本理念のこの箇所はわずかな変更と言ってよいかもしれません。しかし、元の条文から、わざわざ明確な意図を持って下線の部分を消しているので、「市川市男女共同参画社会基本条例」が、こうあってほしい社会のあり方/こうあってはほしくない社会のあり方というものが透けて見える箇所かもしれません。

この箇所も基本理念です。この(2)の変更は極めて重要です。変更後の条文を読むと、「男らしくありたい男の意思を否定することなく」、「女らしくありたい女の意思を否定することなく」という意味にも捉えられそうですが、わざわざこの文言を基本理念に入れ込んでいるということは、「『男らしさ』『女らしさ』という概念や、それを重んじる価値観を、否定してはいけない」という意味を持たせようとしているのではないか、とも思えるのです。「~~らしさ」を他者から強いられる、押し付けられることは、苦痛ですし、それこそ「自分らしさ」を出し切れず、それを抑えて生きなくてはならないこともあるでしょう。

参考記事

NHK みんなでプラス
「女らしさ・男らしさ」の押しつけ みなさんの声(2022年6月10日)
https://www.nhk.or.jp/minplus/0029/topic078.html

telling,あなただけに言うね
ライムスター宇多丸「○○らしくしなさい!というヤツは全員バカ」(2019年3月24日)
https://telling.asahi.com/article/12225981

変更前は、基本理念で、リプロダクティブヘルス/ライツの尊重、ドメスティック・バイオレンス、セクシュアル・ハラスメント、虐待の否定、性の多様性を踏まえた人権の尊重を謳っていましたが、変更後は見ての通り、上のようなわずか14字のものに差し替えられています。

(1)家庭において実現すべき姿のアにおいて、変更後の条文には「家庭尊重の精神」なるものが導入されました。変更前のアに含まれていた「ジェンダーに捕らわれることなく」と、以下に示すウと合わせると、家庭における専業主婦の減少に歯止めをかけたい(専業主婦世帯は減少、共働き世帯は増加を続けています※1)という思いが込められているようにも感じます。

ウの文章は、「現在、専業主婦への風当たりが強いが、その存在を否定してはならない」と言いたいような表現になっています。また、「家庭を支えている主婦」という言葉は、「男は仕事、女は家庭」という言葉を思い出させ、「固定的性別役割分担意識」をむしろ肯定的にとらえているようです。注釈※1に示すように、今や専業主婦世帯数は共働き世帯数の半数以下です。もし、条文に専業主婦のことを書くのであれば、共働き世帯では性別に関わらず家事や育児、介護などを分担するべし、と記してもよいのではないでしょうか。もっとも、この条例にそこまで書くのが良いかどうかはわかりませんが。

「女性のみに与えられた母性」や「父性」といった概念を導入しています。ここまで、変更前後の条文を比較していますが、変更後の、つまり、2023年現在の「市川市男女共同参画社会基本条例」では、上述の通り「固定的性別役割分担意識」を評価しているように読めますね。

(2)地域において実現すべき姿の変更後のアでは、ここでも、背景には「男は男らしく」や「女は女らしく」、そして、「男は仕事、女は家庭」というような価値観が置かれているように読めてしまいます。それは、ここまで読んできた私に染み込んだ偏見によるものかもしれません。

変更前のイは、「そもそも現状では女性の社会参画が十分ではなく、リーダーシップを地域で発揮しきれていない」という問題意識に基づいています。変更後は、「男女の」としており、この文だけを読むと自然なものとして受け入れるかもしれませんが、地域に存在する問題を解消するための条例だとすれば、変更前の条文の方が良いように思えます。

(3)職場において実店すべき姿のエにも、変更後に「母性」という概念が登場しました。また、セクシュアル・ハラスメントは、同性間でも行われるものなので、変更後のオは変な文ですね。

学校で使用される名簿(男女別名簿、男女混合名簿)について、1か月ほど前にコラムを書きました。

(4)あらゆる教育の場で実現すべき姿のオですが、変更後はあえて「性別に捕らわれない」を消しています。変更前の条文では、これをわざわざ入れているわけで、というのも、「男性は理系」「女性は文系」、あるいは、昔であれば「女子は4年制大学に進学する必要がない」というようなひどい――個人の能力や適性が尊重されない――固定観念で、大人が子ども(生徒)の選択肢を狭めてはなりません、というようなことを言いたいからだと思うのです。それを無効化した変更後の文は、もはやこの条例に含める意味がないものになっています。

カの「性と生殖に関する健康と権利(リプロダクティブヘルス/ライツ)に関し学ぶことができる教育」は、削除されています。これを削除した経緯については稿を改めて見てみたいと思います。

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ふぅ。

ここまでお付き合いいただいた方には御礼を申し上げます。

上記のコメントは言うまでもなく、フリースタイル市川としての意見ではなく、私個人が今思うことです。フリスタの他のメンバーでも私と異なる意見を持つ人はいるはずですし、私自身も上で述べたような意見を、後年、否定する可能性があります。

が、少なくとも、2023年5月現在、現行の「市川市男女共同参画社会基本条例」の内容は、これを制定、施行するにあたって廃止された、「市川市男女平等基本条例」から後退した、改悪されたものだというふうに思うわけです。

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男女平等や性的少数者など、ジェンダー関連の記事を幾つか紹介します。

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〈注釈〉

※1:専業主婦世帯数と共働き世帯数の推移は数の通りです。1990年代に両者は拮抗し、21世紀に入ってからは共働き世帯数が専業主婦世帯を超えて、前者は増加、後者は減少を続けています。2022年時点では、共働き世帯数が専業主婦世帯数の2倍以上となっています。

資料出所:総務省統計局「労働⼒調査特別調査」、総務省統計局「労働⼒調査(詳細集計)」