【コラム】災害に備え、デマを拡散させない

コラム

関東大震災と防災まちづくり

99年前の1923年(大正12年)9月1日の午前11時58分に、大地震が関東地方で発生しました。有名な関東大震災です。東京都では大きな被害がありましたが、市川市でも建物が崩壊し、死者が出ています。

本市では、操業を始めたばかりの上毛モスリン中山工場※1で、レンガ造りの建物が倒れ、外へ逃げようとした女工11 名が下敷きとなって死亡したほか、中山村で男子 3 名、行徳町で女子1 名計 15 名の死者を出し、行徳町で家屋の全壊 3、南行徳村で全壊 2、半壊 7 の被害が報告されている。

出所:市川市「地域防災計画(震災編)」(2020年年7月) ※元資料は『市川市史(昭和46~50年)』における記述。https://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000346032.pdf、(「地域防災計画(震災編)」の全体は 
https://www.city.ichikawa.lg.jp/cri01/1221000001.html)(太字は筆者)

まちづくりを行う上では、防災や減災の視点は欠かせません。地震に強い市川市、水害にも強い市川市を目指して、消防署や消防団の人たちが日々活動をしています。また、それ以外の住民や、市川市で働く人、学ぶ人なども、災害に備えておく必要があります。

市川市では、水害時の避難行動に役立つ水害ハザードマップを作成しています。見たことはありますか?これから、大雨が降る季節になりますので、水害の発生に備え、被害が大きい場所がどこなのか、避難場所はどこで、どのような経路でそこに行けばよいかを確認しておきましょう。もちろん防災グッズ、食品等の整備も重要です。

市川市水害ハザードマップ
https://www.city.ichikawa.lg.jp/gen06/1511000002.html

市川市の「水害ハザードマップ【冊子面】『100回逃げて、100回空振りでも、101回目も逃げる!』」の表紙https://www.city.ichikawa.lg.jp/gen06/1511000002.html (冒頭の画像はこの冊子からの引用です)

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市川市の「BJ☆プロジェクト」

市川市の防災に関する活動には様々なものがありますが、その中には、「防災女性プロジェクト」、通称、「BJ☆プロジェクト」というものがあります。

東日本大震災などの過去の大規模災害では、性別や年齢などによって被災時に直面する問題や必要とする支援に違いがあるにもかかわらず、統一的な対応がなされており、被災者に本当に必要な支援が届けられていませんでした。

そういった課題を解決し、本市の災害対策の強化を図るため、女性の視点から災害への備えや災害発生後の避難所運営及び被災者支援のあり方、復旧対策等に関することについて検討し実現するため、防災女性プロジェクト(BJ☆プロジェクト)による活動を平成28年から開始しました。

総合防災訓練、子育て世代を対象としたイベント等で、女性の視点にたった危機管理対策についての啓発活動を行っています。

出所:市川市公式Webサイト、防災・災害「BJ☆プロジェクトのページへようこそ」、https://www.city.ichikawa.lg.jp/cri03/1111000058.html、2022年8月26日閲覧

BJ☆プロジェクトが活動を開始した平成28年(2016年)の12月には、市川市の防災施策に関する提言書を市長に提出しています。この提言書は現在もWeb上に公開されており、閲覧、ダウンロードが可能です。

防災女性プロジェクト「市川市の防災施策に関する提言書」(2016年12月26日)
https://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000248889.pdf

非常に充実した内容で、学ぶことが多い提言書だと思います。

この提言書に、「市川市の防災施策の見直しに関する提言」というパートがあります。ここでは、市川市を地理的に「北西部」、「北東部」、「中部」、「南部」に分け、それぞれの地形的な特徴と、「地震」、「大雨」、「高潮・津波」、「崖崩れ」、「火災」によるリスクを整理しています。

知っておいて損はない内容なので、紹介します。

出所:防災女性プロジェクト「市川市の防災施策に関する提言書」(2016年12月26日)を筆者が加工、https://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000248889.pdf、2022年8月26日閲覧

〇北西部
本地域の地形は、住宅地が広がる国分・国府台周辺の台地、地域南側の平地と千葉街道沿いの市川砂州と呼ばれるやや高い地形で形成されている。
住宅地の割合が多く、住宅が主体となった地域で、中でも JR 総武線と京成本線沿線の住宅密度が高くなっている。
また真間川、国分川、春木川といった河川が存在する。

〇北東部
本地域の地形は、梨園・山林などが広がる北部の大地と市街化が進んだ大柏川沿いの平地、千葉街道沿いの市川砂州で形成されている。
住宅地と田園の割合が主体の地域で、大柏川、派川大柏川、真間川といった河川も存在する。

〇中部
本地域の地形は、千葉街道沿いの市川砂州と沖積平野であり、概ね平坦な地形であり、東京湾に面する臨海部は埋立地となっている。
住宅地、商業地、工業流通業務地の割合が多く、田畑などの自然的な土地利用が少ない、都市化の進んだ地域となっている。
真間川、秣川、高谷川といった河川も存在する。

〇南部
本地域の地形は、沖積平野と埋立地から形成され、江戸川・旧江戸川や東京湾、行徳近郊緑地などの自然や水辺が豊かな土地となっている。
住宅地と工業地が主体であり、道路や公園・広場等のオープンスペースの占める割合が他の地域より高い。

情報出所:防災女性プロジェクト「市川市の防災施策に関する提言書」(2016年12月26日)、https://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000248889.pdf、2022年8月26日閲覧

つづいて、災害の種類ごとに、各地域のリスクを記述します(元の提言書内では4つの地域ごとに、各災害のリスクを整理しているものを、ここでは、災害の種類ごとに、各地域のリスクを記述する方式に変更しました)

■地震
北西部:曽谷、宮久保、菅野地区は建物被害の危険性が高い。真間川、国分川、春木川周辺は液状化の危険性が高い。
北東部:東菅野、中山、鬼越地区は建物被害の危険性が高い。真間川、派川大柏川、大柏川周辺では液状化の危険性がある。
中部:平田、南八幡、鬼高、高谷は建物被害の危険性が若干高い。田尻、高谷、原木、二俣地区は液状化の危険性が高い。
南部:旧行徳街道沿いは建物被害の危険性が高い。南部地区全体で液状化の危険性が高い。

■大雨
北西部:真間川、国分川、春木川周辺は浸水被害が発生する可能性がある。市川地区では内水氾濫の危険性がある。
北東部:真間川、派川大柏川、大柏川周辺では浸水被害の可能性がある。八幡、北方町地区では内水氾濫の危険性が高い。
中部:江戸川決壊時では、地区全体が浸水する可能性がある。集中豪雨では、市川南、鬼高、田尻、原木、高谷地区で内水氾濫の危険性が高い。
南部:江戸川決壊時では、南部地区全体が浸水する可能性がある。ゲリラ豪雨等の集中豪雨では、相之川、香取、塩焼地区で内水氾濫の危険性がある。

■高潮
北西部:危険性は低い。
北東部:危険性は低い。
中部:二俣新町、高谷地区は浸水被害の可能性がある。
南部:塩浜地区などの東京湾沿岸部は浸水被害の可能性がある。

■津波
中部:津波襲来時には、沿岸部から避難する必要がある。
南部:越水により南行徳の一部で浸水する可能性がある。

■崖崩れ
北西部:国府台、須和田、真間、国分地区では崖崩れの危険性がある。
北東部:宮久保、若宮、大野町、大町地区では崖崩れの危険性がある。
中部:危険性は低い。
南部:危険性なし。

■火災
北西部:須和田、曽谷、菅野、宮久保地区は狭あい道路が多く、延焼火災の危険性がある。
北東部:中山、若宮地区は延焼火災の危険性がある。狭あい道路が多く消防車が入っていけない場所もある。
中部:住宅が密集しており、危険性が高い。
南部:旧行徳街道沿いは住宅が密集しており、危険性が高い。

情報出所:防災女性プロジェクト「市川市の防災施策に関する提言書」(2016年12月26日)、https://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000248889.pdf、2022年8月26日閲覧

災害の種類ごとに、ご自身や離れて暮らすご家族のお住いの地域の災害リスクを確認しておきましょう。

BJ☆プロジェクトは、避難所のあり方についても提言しています。当プロジェクトが考える避難所の課題は、次の通りです

  1. 大規模災害時には、行政も被災し、市職員だけでは避難所の管理・運営することは困難な状況になることも考えられ、避難者自身が避難所を管理・運営することが求められる。
  2. 避難所において女性用更衣室が設置されていない、男性だけで物資配布を行っていたため生理用品を受け取りにくいなどの女性への配慮がなされていないことがあった
  3. 乳幼児、要介護の高齢者や障がい者のための環境改善や支援が不十分で体調を崩したり、命の危険にさらされるなどの、様々な問題が発生した。
  4. ペットを連れて避難所にやってきた避難者が避難所の受け入れ体制が整備されておらず、避難所に入れないことがあった。

出所:防災女性プロジェクト「市川市の防災施策に関する提言書」(2016年12月26日)、https://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000248889.pdf、2022年8月26日閲覧 (太字は筆者)

同プロジェクトでは、上のような課題を踏まえ、体育館を災害時の避難所として使用する際のレイアウトを提案しています。下図のようなものです。

BJ☆プロジェクトが検討した避難所レイアウトの案(体育館の使用を想定したもの)。出所:防災女性プロジェクト「市川市の防災施策に関する提言書」(2016年12月26日)、https://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000248889.pdf、2022年8月26日閲覧

提案されている避難所レイアウト案には、次のような補足が添えられています。

※通路は車椅子が通れる幅にする。
女性専用のスペースを作り、周りから見えないような工夫が必要である。
※様々なニーズを把握するため各種相談スペースを設置する必要がある。
※災害発生後は被災地の治安が悪化することも想定されることから避難所や周辺地域の防犯
活動
を実施する必要がある。

出所:防災女性プロジェクト「市川市の防災施策に関する提言書」(2016年12月26日)、https://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000248889.pdf、2022年8月26日閲覧

提言書からかなり多く引用しましたが、他の内容にも重要な指摘、提案が含まれています。是非、目を通してみてほしいです。

特に、女性専用のスペースを設けることなど、BJ☆プロジェクトの活動の背景にあった、「過去の大規模災害では、性別や年齢などによって被災時に直面する問題や必要とする支援に違いがあるにもかかわらず、統一的な対応がなされており、被災者に本当に必要な支援が届けられていませんでした」(市川市公式Webサイト、防災・災害「BJ☆プロジェクトのページへようこそ」より)という問題認識を踏まえた内容になっているので、女性はもちろん、男性にとっても、提言書を読むことが、災害時に女性がさらされかねないリスクを意識し、これを解消することの意義を考えるきっかけになると思います。

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避難所が満たすべき「スフィア基準」

災害時に被害に遭った人に対する支援に関する「スフィア基準」という言葉を聞いたことはあるでしょうか?

スフィア基準とは通称であり、正式名称を『人道憲章と人道支援における最低基準』といい、災害、紛争の影響を受けた人の権利、その人たちを支援する活動の最低基準について定められています。ハンドブックという形でまとめられおり、1998年に初版、2004年、2011年と発行され、2018年第4版は約400ページに及んでいます。

(中略)

スフィア基準は、「スフィアプロジェクト(またはスフィア)」とよばれる活動がもとになっています。スフィアプロジェクトとは、紛争の影響を受けた人たちへの支援でみられた、課題の解決に向けておこなわれた活動のことです。

出所:防災新聞、「スフィア基準を分かりやすく解説!『避難所だから仕方がない』を変えるガイドライン」(2022年7月14日)、https://bousai.nishinippon.co.jp/729/、2022年8月26日

2018年版の日本語版は、以下で読むことができます。

スフィアハンドブック2018
人道憲章と人道支援における最低基準

https://spherestandards.org/wp-content/uploads/Sphere-Handbook-2018-Japanese.pdf

男女間の不平等は、世界各地で女性と少女に対する暴力の根源になっている。危機状況下では、近親者間の暴力、児童婚、性的暴力や人身売買など、多くの形のジェンダーに基づく暴力が起こりやすい。
支援組織は自分たちの活動を含め、影響を受けた人びとを性的搾取や虐待から守るためのあらゆる必要措置をとる責任がある。

出所:スフィアハンドブック2018(日本語版)(太字は筆者)

長い時間を過ごすことになる避難所では、他者の行動が気になり、視線も気になるものです。BJ☆プロジェクトの提言にも含まれていますが、女性専用のスペースを設け、周りから見えないようにすることは、女性が安心して過ごすために重要です。スフィア基準には、女性用トイレの数(男性用の数に対する比率)の目安として、男性用の3倍の数が示されています。

突然起こる危機の初期段階では、迅速な解決策として共同トイレは 50 人に最低 1 基とし、可能な限り速やかに状況を改善する。
中期段階になると共同トイレは 20 人に最低 1 基とし、女性用と男性用の割合が 3 対 1となるようにする。

出所:スフィアハンドブック2018(日本語版)(太字・赤文字は筆者)

BJ☆プロジェクトによる避難所(体育館を使用したもの)のレイアウト案では、基数は明記されていないものの、女性用と男性用のトイレの敷地面積は、ほぼ等しいですね。スフィア基準を参照するならば、女性用トイレはこれでは不足で、もっと増やすべきなのです。

避難所で医療活動を行っている新潟大学の榛沢和彦医師によると、トイレの数が不足していたり、清潔さが保たれていなかったり、あるいは、個人のスペースが狭いと、健康を害するリスクがあるそうです。

榛沢さんは、避難所で大事なのは「水分をとり、こまめに動くこと」だと言います。しかし、1人あたりのスペースが狭いと長時間同じ姿勢でいることが多くなります。トイレが汚かったり混んでいたりすると水分をとるのを控える人もいます。

榛沢さんの調査では「スフィア基準」の項目を満たしていない避難所ほど、「血栓」が足に見つかる割合が多くなりました。「血栓」は血のかたまりで、関連死の原因になることもあります。

榛沢さんの分析では、避難生活でトイレを我慢しやすい傾向があるからか、男性よりも女性の方が「血栓」が原因の病気が多いという結果も出ています。スペースやトイレの基準には、こうした事態を防ぐ意味もあるのです。

出所:NHK災害列島Webサイト、「避難所の女性トイレは男性の3倍必要~命を守る『スフィア基準』」(2018年5月1日)、https://www3.nhk.or.jp/news/special/saigai/select-news/20180501_01.html、2022年8月26日閲覧

フリースタイル市川のメンバーの中には、数年前の台風による水害発生時に小学校の体育館に一家で非難した人がいます。その時の避難所での過ごしやすさがどの程度だったか、今度改めて聞いてみます。

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災害デマに気をつけよう

99年前の1923年、9月1日に発生した関東大震災は、単に巨大な天災だったというだけに留まりません。

それはどういうことでしょうか?

内閣府のWebサイト(防災情報ページ)より、引用します。

被災地では朝鮮人暴動の流言に基づいて民間の自警団による朝鮮人に対する暴行、虐殺など殺傷事件が起きていた。混乱の中、真偽を確かめられないまま、官憲も流言を事実と誤認し、行動した。このことが官憲自身の手による朝鮮人殺傷事件を引き起こし、また、自警団の暴走を助長する結果となった。3日朝、海軍の船橋送信所から呉鎮守府副官宛に打電された、内務省警保局長名の各地方長官宛電文では、東京附近の震災を利用して朝鮮人は各地に放火し、「不逞」の目的を遂行しようとしている、現に東京市内において爆弾を所持し、石油を注いで放火するものがある、既に東京府下には一部戒厳令を施行したので、各地においても充分周密な視察を加え、朝鮮人の行動に対しては厳密な取締を加えてもらいたい、と述べられていた(防衛省防衛研究所図書館所蔵,「大正12年 公文備考 巻155 変災災害3 震災関係2」所収の文書。姜徳相・琴秉洞編,1963,p.18にも採録)。流言は官憲が認定する形で、被災地はもとより、全国に拡大してしまったのである。

出所:内閣府Webサイト内の防災情報ページ、中央防災会議・災害教訓の継承に関する専門調査会報告書「1923 関東大震災報告書【第2編】」(平成20年3月)
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/pdf/9_chap2-1.pdf、報告書全体 https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/index.html (太字は筆者)

関東大震災が発生した後、

朝鮮人が暴動を起こしているという流言(根拠のないうわさ、デマ)が広がった
  ↓
民間の自警団が朝鮮人を暴行、虐殺した
  ↓
政府(官憲)が流言を事実と誤認し、朝鮮人殺傷事件を引き起こした
  ↓
政府の行動が民間の自警団の暴走を助長した

ということが起きたのです。本当にひどいことです。

関東大震災の発生直後には、悲しいことに市川市内でも朝鮮人が殺害されています。

1923年の9月2日から4日にかけて、南行徳村で兵士が朝鮮人を殺害した事件(※a,b)がありました。また、現在の市川市に隣接した船橋市(※c)における朝鮮人の殺害を含みますが、9月4日から5日にかけて千葉県内で官憲に引き渡そうと朝鮮人を護送中のところを殺害した3件(※c,d 死者54名、中山村若宮地先2件、船橋町九日市)もあります。9月6日の午後2時50分頃に、市川町字新田389番地先で殺害された朝鮮人1名が、落伍して動けなくなったため、護送兵が「青年団及消防組の首脳者と覚しき者」に引き継いだ後、殺害された事件もありました。

市川市では(私が確認できた範囲では)下記の通り、25名の朝鮮人が殺されています。

関東大震災直後に市川市で発生した朝鮮人殺害(一部船橋市を含む)
9月2日 南行徳村下江戸川橋際 1名 騎兵15連隊の2名の兵士 ※a
9月4日 南行徳村下江戸川橋北詰 2名 軍曹が兵士2名に命じて ※a,b
9月4日 南行徳村下江戸川橋北詰 5名 軍曹が兵士2名に命じて ※a,b
9月4日 船橋町九日市 38名 ※c
9月4日 中山村若宮 13名 ※d
9月5日 中山村若宮 3名 ※d
9月6日 市川町字新田389番 1名 ※e

※a,bの情報出所:日本弁護士連合会、「関東大震災人権救済申立事件調査報告書」(2003年8月25日)、http://www.azusawa.jp/shiryou/kantou-200309.html、2022年8月10日閲覧

※a,bの元資料:
a:『関東戒厳司令部詳報第三巻』 所収 「第四章 行政及司法業務」 の 「第三節付録」 付表 「震災警備の為兵器を使用せる事件調査表」
b:『震災後に於ける刑事事犯及之に関聯する事項調査書』 所収 「第十章 軍隊の行為に就いて」 の 「第四 千葉県下における殺害事件」

※c,d,eの情報出所:内閣府Webサイト内の防災情報ページ、中央防災会議・災害教訓の継承に関する専門調査会報告書「1923 関東大震災報告書【第2編】」(第4章 混乱による被害の拡大、第2節 殺傷事件の発生、1 殺傷事件の概要、(1) 朝鮮人への迫害)(平成20年3月)、https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/pdf/18_chap4-1.pdf、2022年8月10日閲覧、報告書全体 https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/index.html

※c,dの被害者数の情報出所:
憲さんの日々随筆、「船橋における関東大震災の朝鮮人虐殺」(2022年7月11日)、https://ameblo.jp/ken-hatabo/entry-12752825156.html、2022年8月10日閲覧

※c,dの被害者数の元資料:
千葉県における関東大震災と朝鮮人犠牲者悼・調査実行委員会千葉県歴教協、船橋支部 平形千恵子「船橋における関東大震災時の朝鮮人虐殺事件(訂正版)」(2013年2月23日、24日。千葉県歴教協・安房集会「平和と民主主義分科会」で報告)

市川市ではないのですが、1年前に船橋市で行われた追悼式と八千代市で行われた慰霊祭に関する記事を紹介します。

関東大震災(一九二三年九月一日)直後に相次いだ朝鮮人虐殺事件の犠牲者を弔う追悼式が船橋市で、慰霊祭が八千代市で、いずれも五日に営まれた。大震災の発生日に合わせて毎年行われているものの、新型コロナウイルスの影響で昨年から参加者を少なくしたり簡素化して開催。二年後には百周年となり、参列者は「負の歴史を決して忘れてはいけない。何が起こったかを後世に伝えていく」と語った。

大震災による混乱の中、流言飛語により県内でも船橋市や八千代市のほか、習志野市、市川市など各地で住民や自警団、軍隊が朝鮮人を殺傷。合わせて三百数十人が殺害されたとされる。
追悼式は船橋市営馬込霊園であり、約百十人が参列。主催したのは、在日本朝鮮人総連合会県西部支部などでつくる実行委員会。霊園内には「関東大震災犠牲同胞慰霊碑」が建立されている。

献花や焼香、朝鮮半島に古くから伝わる弦楽器・ソヘグムの演奏などで犠牲者を弔った。同支部の呉学成(オハクソン)委員長は「多くの同胞が殺されてから間もなく百年となり、同胞社会の主役は二世から三世、四世となったが、われわれはあの惨劇を決して風化させない」と話した。

出所:東京新聞Webサイト、「関東大震災直後の朝鮮人虐殺 忘れない 負の歴史 “船橋で追悼式”“八千代で慰霊祭”」(2021年9月7日)、https://www.tokyo-np.co.jp/article/129373、2022年8月10日閲覧 (太字は筆者)

99年前に起きた悲惨な事件の数々ですが、これは昔のことで、どこか現実味がないものだ、として受け流すのではなく、今自分が住んでいる国・地域で、決して普段から狂暴だったというわけではない、いたって普通(あえて普通と書きますが)の人たちが、外国人を大量に殺害した事実を知り、二度とこのようなことが起きないように、どのようなことに注意し、どのような行動すればよいかを考えたいと強く思います。

東京大学の関谷直也准教授は、災害時にデマや根拠のないうわさが発生し、拡散する主な要因として、「不安」、「怒り」、「善意」を挙げています(情報出所:NHK災害列島Webサイト、「“災害デマ”はなぜ拡散するのか 『善意』が被害を拡大させる」(2019年12月19日)、https://www3.nhk.or.jp/news/special/saigai/select-news/20191219_01.html、2022年8月26日閲覧)

  • 得体の知れないことが起きているという「不安」
  • いつ事態が収まるのかという「怒り」
  • 人の助けになる情報を伝えようという「善意」

災害時には、これら3つの要因が組み合わさって、根拠のないデマ情報が拡散するという見方です。SNS(特にTwitterやLINEなど)が普及した現在、災害などの異常事態に、真偽が定かではない情報がタイムラインを飛び交うことが想定されます。

善意や正義感から、デマの拡散に加担してしまわないように、どうすればよいのでしょうか。

関谷直也准教授は、次のように話しています。

“デマ”やうわさは不安や怒り、善意といった「感情」と結びつくことを知ったうえで本当かどうかわからない情報がきた時にうのみにしない。拡散しない、すぐに行動につなげないという「情報に対する態度」を身につけることが大事です。過去の災害で起きたデマやうわさについても、できるだけ知っておいてほしい。

出所:NHK災害列島Webサイト、「“災害デマ”はなぜ拡散するのか 『善意』が被害を拡大させる」(2019年12月19日)、https://www3.nhk.or.jp/news/special/saigai/select-news/20191219_01.html、2022年8月26日閲覧

過去の災害で起きたデマやうわさと、それらがどのような事態を引き起こしたかを知っておくことも、将来の災害に備えるためには必要なのですね。

私たちが住む市川市でも、過去にデマを信じた人たちが殺害をおこなったということを知っておいてほしいと思い、本稿を綴りました。

憲法改正による緊急事態条項の制定について

長く綴ってきた本稿ですが、もう少し続きます。お茶でも飲みながらお読みいただければ幸いです。

ここで取り上げるのは、「緊急事態条項」です。これは、現在の日本国憲法には含まれていませんが、自民党が憲法を改正して、制定することを目指していると言われているものです。災害とは直結する話ではないように思えるかもしれませんが、関係がないわけでもありません。

今年3月の国会での社民党・新垣邦男議員の発言を紹介します。

社民党は、現在の我が国の情勢において、緊急事態条項の創設に具体的な立法事実は存在しないと考えております。現行法では、災害対策基本法、災害援助法、大規模地震対策特措法、原子力災害特措法、警察法、自衛隊法等によって、既に自然災害を想定し、一定の要件で国への権力の集中と被災地の財産権等の制限などが認められており、災害関連の法制度は十分に整備されていると思います。

二〇一五年に日弁連が岩手、宮城、福島各県内で実施した東日本大震災被災自治体首長からのヒアリングやアンケート結果では、原則として市町村に主導的な権限を与え、国は後方支援をしてほしいとの回答が九二%に達しており、被災市町村が国への権力集中を求めていないことが明らかになっております。また、憲法が災害対策の障害にならなかったという回答も九六%に達しており、被災市町村は災害を理由にした憲法改正の必要性を認めておりません。

先週の本審査会で、関東大震災の際、当時の政府は明治憲法下で許された緊急勅令十数本を出して国難を乗り切ったとの御意見がございました。しかし、関東大震災では、大日本帝国憲法第八条に基づく緊急勅令に基づき、軍隊や権限を集中する戒厳令の一部が施行される中で、適用範囲が拡大され、多数の中国人や朝鮮人が虐殺された事実を忘れてはなりません。

出所:第208回国会 衆議院 憲法審査会 第6号 令和4年3月24日(社民党、新垣邦男の発言)、https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=120804183X00620220324&current=1

新垣議員が憲法改正によって緊急事態条項を制定することに反対の立場で、関東大震災の際に緊急勅令の戒厳令が施行されたことで悲惨な事態が引き起こされたことを忘れてはならないと言っています※2。わずか、5か月前に。

関東大震災の際は、9月2日に政府が緊急勅令の戒厳令を宣告しました。緊急勅令は、緊急の必要があり、議会を開けない時に、法律に代わって発せられる勅令で、緊急事態条項のひとつです。現在の日本国憲法は、緊急事態条項を設けていませんが、これは、政府に権力が集中してしまい、国民の権利が制限されることで悲惨な事態を招くことがないようにとの意図で、あえて設けていません。

憲法改正について、時々、記事に記しています。どんなことを書いているか興味がある方は、以下の記事を(お茶でも飲みながら)読んでみてください。

気付けば、本稿は、当初書こうと思っていた内容から、かなり離れたところにきてしまいました。本稿を読み始めても、途中で頓挫し、ここまで読んでくれている人はほとんどいないはずです。ここまで読んでくださっている方には、感謝の気持ちをそっと届けます。

それでは、またお会いしましょう!

* * * * *

〈注釈〉

※1:現在のニッケコルトンプラザの敷地(現在の、市川市鬼高1丁目)に、今から102年前の1920年(大正9年)に、紡績会社「上毛モスリン」の中山工場が創設されました。関東大震災後に倒産した後、1927年(昭和2年)に工場設備を引き継いだ「共立モスリン」中山工場となりました。1941(昭和16)年に「日本毛織」へ吸収合併され、日本毛織中山工場となると、戦後の最盛期には従業員数が2,500人に達し、東洋一の規模を誇りました。工場は1982年(昭和57)年に閉鎖され、跡地にニッケコルトンプラザが開業したのは、1988年(昭和63年)のことでした。

※2:今年3月の国会での社民党・新垣邦男議員の発言には続きがあります。長いので本編には掲載しませんでしたが、重要なことを話しているので、ここで紹介します。

緊急事態条項がそもそも立憲主義を停止するものであって、濫用の危険性が極めて大きいことは、ドイツにおけるワイマール憲法の国家緊急権を活用したヒトラー独裁政権の樹立、フランスにおけるアルジェリア危機を名目とした緊急権発動に基づく人権侵害や出版規制による表現の自由の侵害を見れば明らかであります。

それゆえ、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカの四か国のうち、災害やテロを理由に憲法上の国家緊急権を定めているのはドイツだけで、他の三か国は法律で対処しています。コロナ対策でも、フランスやドイツは、憲法の緊急事態条項は危険だとして、法律で対応しております。

出所:第208回国会 衆議院 憲法審査会 第6号 令和4年3月24日(社民党、新垣邦男の発言)、https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=120804183X00620220324&current=1