【いちかわみんなのほけんしつ】誰かと話したい時に

活動紹介

公開日 2022年3月11日
更新日 2022年10月31日

今日は2022年3月11日、あの東日本大震災から11年目を迎えます※1

昨日、2022年3月10日は、太平洋戦争終盤の東京大空襲から77年目でした※2

また、2年前の今頃は、新型コロナウイルス感染症が世界的流行、パンデミックの様相を呈していました。今もその状況は続いています。

そして、現在、ロシア軍が隣国であり兄弟国でもあるウクライナに侵攻するという、20世紀前半のような出来事が起き、死傷者や難民は増え続けています。

* * * * *

上記のような悲惨な状況があると、直接的な被害を受けてはいなくとも、気持ちが落ち込み、元気が出ないことがあると思います※3

理由はなんであれ、
病院で診察を受けるほどではないのだけど、何だかちょっといつもと違う、物事を悪い方に捉えてしまうことが多くなった、ふさぎ込むことが増えた…
――という方は、「いちかわみんなのほけんしつ」で、お悩みを話してみてはいかがでしょうか。

いちかわみんなのほけんしつ
https://www.facebook.com/ichikawa.hokenshitsu

「いちかわみんなのほけんしつ」パンフレットより引用。

ほけんしつへは様々な年代の方がいらっしゃっており、輪になってお話ししたり、個別でお話ししたり、「どのようにお話されますか?」とお声がけさせていただいております。

ご自身のこと、ご家族のこと、コロナのこと、漠然とした不安など、普段なかなか口にすることができないことをお話しして頂くことができます。

こんな時だからこその「いちかわみんなのほけんしつ」は、新型コロナの感染対策もしながら、元気に続けてまいります。

どんな気持ちも、安心・安全にお話しできる場所となるよう、一緒に場を作っていきましょう。

メンタルヘルスに詳しい医療関係者だけでなく、子育て中のママや地域で活動している年代も様々な方々が、ボランティアスタッフとしてお待ちしております。

出所:「いちかわみんなのほけんしつ」Facebookページ https://www.facebook.com/ichikawa.hokenshitsu/posts/482130313556952

主な開催場所は、真間のアンカー市川(グーグルマップが開きます)の2階です。

行ってみようかな、どうしようかな、と迷われている方は、公式LINEをお友だち登録しておくと、定期的に開催情報が届くので、その情報を参考にしてみるのも良いと思います。

いちかわみんなのほけんしつ 公式LINE
https://lin.ee/2QrueC672

「いちかわみんなのほけんしつ」パンフレットより。MIKAZUKI.Designさんがデザインを手掛けています。

「いちかわみんなのほけんしつ」の代表は、精神科医の藤井和世さんです。
市川市で地域に対する想いを持って活動している人物にインタビューをして、今の活動の原点や、今後どのようなことをしていきたいかをお聞きする「源流」の記念すべき第1回目にご登場いただきました

是非、「源流」をお読みいただきたいのですが、記事の中から私が強い印象を受けた箇所を引用します。

すでに中学1年生時の作文に「人の話を聴くのが好きだから、誰でも立ち寄りやすいように、雑貨屋さんとかブティックの奥で、何でも話せる場所を作りたい」と書いていました

出所:野口淳(2021)「源流vol.1 藤井和世さん」、フリースタイル市川Webサイト https://fs-ichikawa.org/genryu01/

「いちかわみんなのほけんしつ」は、誰でも立ち寄りやすい場づくりを目指しています。私は、市川市にこんな場所があるのか、と、知っているだけで、少し気持ちが楽になります。今の自分には必要がないとしても、いつか必要な場所になるかもしれない。家族や友人に、教えてあげたい。そのようにも思います。

というわけで、今日は、近所にこんな場所があると、心のよりどころがある感じがして、少しだけこの地域の居心地がよくなる、そんな存在でもある。「いちかわみんなのほけんしつ」を紹介しました。

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〈注釈という名の余談〉

※1:東日本大震災について、少し長い余談です。

当時、妙典駅の近くに配偶者と二人で住んでいた私は、震災当日は都内の勤務先で一晩を過ごし、翌朝、同じように勤務先で過ごしていた配偶者と東京駅前からタクシーで6時間を費やして帰宅しました。

震災直後は、テレビやインターネットなどを通じて、東北地方の津波による被害状況や、福島第一原子力発電所のメルトダウンによる放射性物質放出、対応に追われる民主党政府の記者会見、ボランティアの方々による被災地支援、放射性物質拡散もあり支援物資の輸送が難しい状況など、毎日のように震災関連の情報を浴びていました。テレビのコマーシャルを自粛する企業も多く、見慣れない宣伝(ACジャパン あいさつの魔法)を見て、不思議な不安を感じたものです。

東京都や千葉県でも余震が続き、計画停電により電気が使えない時間があったり、信号機が停止したり、普段は明るい夜の街の灯りが消え、ひっそりとしていたことなどを、11年経っても忘れることはできません。市川市の近隣では、新浦安駅前や海浜幕張駅前で起きた液状化による傷跡が痛々しいものでした。

※2:1945年3月10日の午前0時8分、アメリカのB29爆撃機325機が低空飛行で東京を空襲しました。

〈2時間半の爆撃によって東京下町一帯は廃墟(はいきょ)と化した。約2000トンの焼夷弾を装備した約300機のB-29の攻撃による出火は強風にあおられて大火災となり、40平方キロメートルが焼失、鎮火は8時過ぎであった。焼失家屋は約27万戸、罹災(りさい)者数は100万余人に達した。死者は警視庁調査では8万3793人、負傷者は同じく4万0918人となっている。資料によって差異が大きいが、「東京空襲を記録する会」は死者数を10万人としている〉
出所:コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E7%A9%BA%E8%A5%B2-103358

参考資料1:NHKの動画
https://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005403093_00000#in=28&out=90

参考資料2:総務省「市川市における戦災の状況」
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/daijinkanbou/sensai/situation/state/kanto_08.html

参考資料3:広報いちかわ「市川市空襲被害状況図」
https://www.city.ichikawa.lg.jp/common/000351248.pdf

※3:東日本大震災(2011)の直後に、津波被害の報道などに接するうち、ひどく落ち込んだ人物として、ロックバンド「スピッツ」の草野マサムネさんが知られています。「ASIAN KUNG-FU GENERATION」の後藤正文さんとの対談記事(2013.9.11)より引用します。2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロ事件の直後も同じような状態だったと話しています。

草野「それ以前にね、震災のあと、精神的ショックでメシがまったく食えなくなっちゃったんですよ。それで“復帰するまでちょっと時間かかるかも”っていうのもあったんだけど、でも4月に入ってから復帰して、なんとかメシも食えるようになったかな」

後藤「そうだったんですね」

草野「俺はそのへん弱いというか……9.11のときもそうなったんですよね。あと、その頃は“音楽やるって意味あんのかな?”みたいに考えたりもしましたね。情熱を見出せなくなっちゃうというか……考え過ぎなのかもしれないけど。よく映画とかであった、空爆の下でピアノ弾き続けるとか、そういうことできないタイプ(笑)」

出所:「音楽と未来 ─ 自分の歌を聴きたいって言ってくれる人がいる限りは。(草野マサムネ)」『THE FUTURE TIMES』5号 震災を語り継ぐ  http://www.thefuturetimes.jp/archive/no05/kusano/
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