源流 Vol.1 藤井和世さん

源流

藤井和世さん(精神科医、いちかわみんなのほけんしつ代表)

市川市内で活動をする人物にインタビューをして、その人物の活動の原点となるような「生き方」や「価値観」にスポットを当て、共感することで想いを繋げる企画「源流」。

第一回目は日頃から多くの人の話を聞く立場である精神科医の藤井和世さんに、幼少期の話から現在の活動までたくさんのお話をしていただきました。

藤井さんは市川市内のメンタルクリニックで勤務するかたわら、アンカー市川の活動に共鳴し「いちかわみんなのほけんしつ」を立ち上げ、地域の人々が気軽に立ち寄れる居場所を開いています。

インタビューの中で「いちかわみんなのほけんしつ」を立ち上げた心境について「これまでの自分はある意味では恵まれていた、これからは自分の持っているものを人のために返していく、そのようなタイミングだと思っている」と語ってくれました。

そんな藤井さんの「源流」を探っていきましょう。

男の子とばかり遊んでいた幼少時代

兵庫県神戸市出身の藤井さんは、両親と弟の4人家族の長女として育ちました。気が付くと男の子とばかり遊んでいたという藤井さんは、少し目立つことが多く、周囲に馴染めない感覚をいつも持っていたそうです。そんな藤井さんに“初めてできた女友達”と自称する幼馴染が当時を振り返って「考えていること全てを口にしていた」というほど、よく話す活発な子どもだったそうです。どんな状況でも、どこか前向きで「大丈夫、なんとかなる」と思えるような、くじけない性格は、保育士であった母の影響が大きかったといいます。

いつも褒めてくれて、背中を押してくれる母に支えられて育ったという藤井さんは、困った状況でも「あんたがいるとなんか明るくなる」と言ってくれたことが今でも支えになっているそうです。

一方、藤井さんから見て褒めるのが下手だったという父は、毎日同じラジオドイツ語講座と英語講座を聞き、テレビを占領してZDF(第2ドイツテレビ)を見るのが日課で、いわゆる“クソ真面目”な性格でした。人付き合いは上手ではなく、お酒に酔った時に「私のような、嫌われ者もいた方がいい」と言ったことが印象に残っているそうです。藤井さんは大人になるにつれ、自分も父に似ている部分があると気が付き、その言葉の意味も少しずつ解るようになってきたといいます。そして、苦労しながらも努力家な父を人として尊敬しているそうです。

中学生の時に「人の話を聴く職業に就きたい」と思い、精神科医を志す

中学に入り、思春期の多感な時期を迎えた藤井さんは、友だち同士の間で起こったトラブルで印象に残る経験をします。友達の話をそれぞれ聞いた藤井さんは、同じ事象でも話す立場と捉え方によって話す内容が全く違っていることに興味を持ち、「人の話を聴く職業に就きたい」と考えるようになりました。

すでに中学1年生時の作文に「人の話を聴くのが好きだから、誰でも立ち寄りやすいように、雑貨屋さんとかブティックの奥で、何でも話せる場所を作りたい」と書いていましたが、当時反抗期の真っただ中で髪を染めたりしていた藤井さんの夢を知った先生は驚いたそうです。

「いちかわみんなのほけんしつ」の立ち上げはその夢が実現したともいえるでしょう。いつの日か心理士になろうと考えるようになり、3年生の担任の先生に相談したところ精神科医になることを勧めてくれたそうです。

大学生時代に出会った多様な人々との交流と「自分らしさ」の肯定

高校時代は陸上部に所属しながら医師になることを目標に勉強を励み、1年間の浪人生活を経て福井の大学に進学しました。
あまり調べものをすることが得意ではないという藤井さんは福井の大学を志望した理由は特になく、センター試験の成績を見た予備校の先生の勧めに従って受験を決めたそうです。
このような話からも藤井さんも自ら認める「出たとこ勝負で生きる、なんとかなるだろう」という性格がうかがわれます。

両親から下宿を探すように言われ、現地で見つけてきたアパートは家賃の高さを理由に却下され、結局両親が決めた昭和の寮のような食事付きアパートに住むことになりました。藤井さんは不安はありながらも持ち前の前向きな気持ちで、福井での生活を始めました。

そのアパートには「めぞん一刻」のような個性的な人達が住んでいて、はじめは面食らったものの、結局、大学生活6年間を過ごし、そこでの経験も藤井さんに大きな影響を与えました。

例えば一緒に畑をやろうと近所の畑を借りてきたのに、自分はほとんど何もせず藤井さんに任せっきりにしてしまう社会人の女性や、入居者である藤井さんを地域の運動会に駆り出して参加させてしまう大家さんなど、それまでには出会ったことのないような人たちと接する中で、世の中には様々な個性があることを知り、藤井さん自身も自然体で生きていけば良いのだと思うようになりました。

医師となって6年目に感じた、それまでの治療の仕方への違和感と転機

医師となった藤井さんは日本では数少ない精神科の訪問診療に関心を持ち、それを軸としてキャリアを重ねていきました。6年目に参加した「インテンショナルピアサポート※1とオープンダイアローグ※2が出会う場所」という研修の内容に衝撃を受け、それまでの医師としての自分のあり方を問い直すことになります。その研修では自己紹介で自分の職業を言わなくてもよく、藤井さんは医師であることを明かさず参加していました。そこで「患者」と呼ばれる人の生の声を聞くことになります。「医師に診断されて傷ついた」という言葉を多く耳にして、医師として診断すること自体が患者を傷つけることになっていたのではないか、そして、これまで正しいと思っていた接し方が、必ずしも患者の立場に立っていなかったのではないかと考え始めました。

医師として患者と接するときに、これまでの医学界で正しいとされていること、治療法が、必ずしも「今ここにいる私とあなた」にとって正しいわけではないと考え、何よりも「今ここにいる私とあなた」の関係を大切にするようになったといいます。

その治療への姿勢を藤井さんは「自分を使って治療する」と表現しています。
これからの医師としてのビジョンをお聞きすると、「医師としての自分はわきに置きながら、一人の人間として、“自分を使って”治療していきたい」と話してくれました。

それは専門的な知識を持ちながらも、「人として」その人に対峙して治療していくことであり、その過程では自分自身も治療されていると考えています。

そのような医師としての方向性を見据えつつ、現時点でできることを模索する中で、今の仕事の領域には収まりきらない「ほけんしつ」の構想が生まれていきます。

「いちかわみんなのほけんしつ」の活動とこれから目指すこと

現在アンカー市川で開催している「いちかわみんなのほけんしつ」のチラシには「どんな気持ちがあってもいい ひとりひとりの気持ちを大切に」と書かれています。

このコピーには色々な気持ちを持っている人たちが、どこにいたとしてもこの場所があることで常に安心安全を感じられるようにという藤井さんの思いが込められています。
その安心安全というのは生き物として本能的なところで感じられる感覚だといいます。

きっかけは2020年に始まったコロナ禍でした。人々の心身が疲弊するのを目の当たりにした藤井さんは、「自分にも何か出来ないか?」と思っていたところ、「おいしくやくそく宣言」のポスターを目にしました。藤井さんも同じように自分の考えたことを人に伝えたいと思い、ポスター作成の相談をするためにアンカー市川を訪れました。そして、実際に人が集える場所として「ほけんしつ」を開く話が持ち上がったのです。

そこで、色々な人に「ほけんしつ」の構想を話すうちに、自分と同じように安心安全な場を作りたいと考える人がいることが分かり、その人たちに声をかけ実行委員のメンバーになってもらったそうです。

今では、毎週数人の利用者が「ほけんしつ」を訪れ、話をして帰っていきます。
初めて利用される方もいれば、繰り返し利用される方もいます。

藤井さんは自ら「自分らしく話すことができている」と評価しています。そしてそのような雰囲気ができていることを利用者の方も感じているのではないかと、手応えを感じています。

「今後は、これまで自分の仕事の中で一番の課題になっていることを解決するために自分自身で動きたい」

藤井さんが今までの仕事を通じて一番の課題だと考えていることは、「人が何らかの理由があって、他の人から見ると理性を失っているかのような状態に陥っている時に、その人を強制的な方法ではなく、本人も望むであろう方法で、元の状態、もしくは、より安心できる状態になってもらうこと」です。
仕事として行っている訪問診療もそのひとつであり、そのようなことができる「場」も作りたいと考えています。

そして、そのような場は特別な医療を提供することではなく、温かいご飯が食べられたり、ゆっくり話を聞いてくれる人がそばにいたり、人として安全で安心できる環境を作ることが重要だと藤井さんは考えています。

最後に藤井さんのお話の中で印象に残った言葉をご紹介します。

「スタッフもボランティアで活動しているため、活動を存続していくには色々と超えなければならないことがあるが、多様な人がそれぞれの得意な部分を活かして、お互いに尊重し合える環境を作ることで、得られることがたくさんあると思う。色々な人に関心を持ってもらい、足を運んでもらい、その人がまた別の場所で種を蒔いてくれればいいなと思っています。」

▼「いちかわみんなのほけんしつ」
「いちかわみんなのほけんしつ」は、暮らしの中で誰に相談したらいいか分からないこと、病院に行くほどではない、ちょっと誰かと話したいことがある時に、気軽に立ち寄っていただけます。
Facebookページ https://www.facebook.com/ichikawa.hokenshitsu/

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※1 インテンショナルピアサポート:意図的なピアサポート、立場を超えて、同じ人としての関係性を大切にした支援の在り方。
※2 オープンダイアログ:フィンランドで生まれた家族療法の一種で、患者、家族、親戚、医療者など患者が望む重要な人たちが集まり、その場に集まる全ての人に対して「開かれた」対話を行うこと。

記事:野口淳
写真:くずはらまり