フリースタイル市川で活動をしていると、「立場」というものを意識することが結構あります。
今、「結構」と書きましたが、意識する頻度が高いのかどうか定かではないので、「多く」とは書けないと思い、しかし、「それなりに」あるとは思うので、口語的な「結構」という表現を選びました。
本事業(注:フードバンク事業)には、「支援する⇆支援される」という二元論を超えて、地域のすべての人たちが「出番」を持てるように、「つながり」を創出し、社会的関係性を構築する地域活動という特徴があります。
出所:フリースタイル市川Webサイト内「いちかわフードバンク by フリスタ」紹介ページ https://fs-ichikawa.org/ichikawafoodbank/
「支援する側」と「支援される側」という関係は、流動的なものです。
(たまたま今は支援する立場にあるだけの)私たちが、多くの方に寄贈していただいた食品を、お困りの方におすそ分けするフードパントリーという活動で、食品をお渡しした方が、「いつか恩返ししたい」「今度は食品を渡す側として貢献したい」と言って下さることがあります。
このように、フリースタイル市川で活動している時、「立場」にまつわるあれこれについて考えるものの、考えが整理できずに、もやもやしている時、ふと目にした雑誌記事や、漫画の登場人物のセリフのおかげで、考えがまとまることもあります。
立場の違いをなるべくつくらないことが、心の壁、分断をなくすためには有効で、手っ取り早い方法は、みんなで一緒に同じことをする――「のきした」※1の「おふるまい」※2の3日目でやったように、立場など関係なく、みんなで豚汁を食べたり、コジコジ※3たちのように、お茶を飲みながらお喋りをする――ということなのだと思います。
出所:フリースタイル市川Webサイト 「【コラム】向かい合って話をして分断を乗り越える」 https://fs-ichikawa.org/bundanwo_noricoel/
炭治郎※4がアオイ※5に対して、お世話になったことへの感謝を伝えたところ、アオイは、「お礼など結構です」と言います。そして、アオイは、これまで明かしていなかった自分の過去と、抱き続けている後ろめたさのような感情を炭治郎に伝えます。命の危険を顧みず、鬼と戦い続ける炭治郎たちと比べたら、自分等大したことは(してい)ない。
しかし、炭治郎は、「そんなの関係ないよ」と返します。「立場の違いなんて関係ないよ」という意味でしょう。それぞれの役割をしっかりと果たしているのだから、誇りをもって良いよ、と言わんばかりです。炭治郎の怪我が癒え、再び戦いに行くことができるのは、アオイたちの献身的なサポートがあったからであり、互いに互いを必要としているのですね。
出所:出所:フリースタイル市川Webサイト 「【コラム】向かい合って話をして分断を乗り越える」 https://fs-ichikawa.org/bundanwo_noricoel/
自分と異なる立場の人と、なるべく同じ目線に立つことは、私にとっては簡単ではなく、意識しないで自然にそれができるわけではないので、普段から「立場」にまつわるあれこれについて考え、たまに上で引用したコラムのような文章を書いて形にすることで、そうなれるよう、そのようにできるように、しています。
私が「立場」という言葉について考える時は、大抵、「力関係」のことも考えています。
「強い立場」と「弱い立場」、「してあげる立場」と「してもらう立場」。
自分が「強い立場」、「してあげる立場」に身を置いている、と、相手に思われているかどうかを、客観視して想像することも、また、簡単ではありません。
そんな私が、先週(2022年4月14日)にラジオ番組「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」※6,7を聴いていたところ、ゲスト出演していた荻上チキ氏※8が「立場」について話をしていました。すかさず録音し、何度か聞き返して、文字おこしをしました。以下、私用に文字おこししたものから、一部抜粋して紹介します。
多数派と少数派を誰しも行き来するんですよね。
ずっと多数派の人もいなければ、ずっと少数派の人も、いないと願いたいんですけど、例えば男性でお金があって、でも、怪我をして障害者になって、とか、お金がなくなって、とか、色んな立場を行き来する可能性がある。
出所:TOKYO FM 「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」2022年4月14日放送におけるゲスト・荻上チキ氏の発言
ある社会において、自分は多数派(majority)であるか、少数派(minority)であるかという立場は、固定的なものではなく、流動的だ、ということですね。
多数派であれば、生きづらさを感じる機会は、少数派の人よりは少ないと思います。そんな多数派の人たちの価値観に基づいて形成されている社会においては、少数派の人たちは、自分たちは受け入れらていない、歓迎されていない、許容されていない、と思うことが多いのではないでしょうか。
荻上氏は、山崎氏との対話の中で、次のようなことを語っていました。
傍観というのは、何か苦しみがある人達を救わなくてもよいことにつながる。傍観は概ね現状維持や現状肯定になってしまったりするんですよね。
『みんなちがって、みんないい』と言えること自体が特権だと。つまり、『みんなちがって、みんないい』※9というのは、許容する側の論理なんですけど、本当にちがっていて石を投げられている側が、自分はちがっていいんだって認めるためには、その言葉じゃ弱いなって感じてはいるんです。
このコピー自体が問題だとか、それをけなしたいわけではなくて、それが届く時代と届く人たちは確かにいたんだけど。
『This is me.』『これが私。』って、ようやく言えるのって、さまざまな葛藤とか、学習が、人によっては相当必要だったりするので、それに対して、『みんなちがって、みんないい』という言葉だけだと、すくい取りきれない痛みとかもあるので。
出所:TOKYO FM 「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」2022年4月14日放送におけるゲスト・荻上チキ氏の発言
苦しんでいる人(その人が少数派かどうかは関係ありませんが、少数派であることで苦悩しているケースは少なくないと思われます)を見て、現状の社会のあり方におかしなところがあるのではないかと思い、しかし、どのような行動を起こせばよいのかまではわからないし、自分のことではないため、突き詰めて考えることはない。
ニュース報道に触れたり、知人の苦難をSNSを介して知った、その時には感情が揺さぶられるものの、すぐに別の感情に押し流されて忘れてしまう。
こうして、何となく今の社会には問題があって、変えた方が良いのだろうけど、結局、傍観してしまう――このような人は多いはずです。私もその一人です。
自分が多数派であるがゆえ、今まで気づかなっただけで、少数派の人たちにとっては問題であり続けた、というような事象、あるいは、事態に気付いたのであれば、傍観する、つまり、現状を肯定するのではなく、問題が解決する方向に力を加えたいと思います。
フリースタイル市川の活動の幅が広がるにつれ、これまで接点がなかった人とのつながりができています。今後も様々な「立場」の人とつながるでしょう。一方で、(当人がつながりを持ちたいと望んでいるにも関わらず)つながりづらい人もいるはずです。
色々な立場の人と向き合って、必要だと感じたら、立場の違いを超えるよう努めることが大事なのだろうと、あれ?前にもこんなこと考えたし、書いた気がするな…と思うのでありました。
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先日(2022年4月18日)に、フリースタイル市川が企画を担当している「アトリエ029」の内覧会兼パーティを開催しました。そこには、建物のオーナー、設計した建築家、企画したフリスタのメンバーズ、および、その仲間たち、そのご家族、かつてここに住んでいた方、絵と写真をギャラリーに展示しているアーティスト、近隣にお住いの方、近くの大学の先生方、Twitterで展覧会や内覧会のことを知って訪れた方など、立場の異なる人が一堂に会し、飲食をしながら対話を楽しんでいました。
まさに、上掲の「立場など関係なく、みんなで豚汁を食べたり、コジコジたちのように、お茶を飲みながらお喋りをする」ということが起こっていました。2020年の春以降、コロナ禍が続いており、こうした機会(しばしば、「リアルで会って食事をする」などと呼んでいるようなこと)が激減しています。会えない、話せないということへの反動もあったのだと思いますが、大いに話が弾み、弾んだ拍子に思わぬ方向にコロコロと転がっていった話もあったようです。どこに転がっていくのか、楽しみですね!
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〈注釈〉
※1:「のきした」とは、長野県上田市で行われている活動で、雨風しのげる「のき」のように、困難に見舞われても、そこに行けば助かる、何とかしのげるという場所やつながりをつくったり、そのような役割を果たしている既存の「場」、「人」、「取り組み」を再発見することなどを通じて、街中まちじゅうを「のきした化」する取り組みです。
参照:「のきした」Webサイト https://nokiproject.webnode.jp/
※2:「おふるまい」は、「のきした」が、2020年から2021年にかけての年末年始に実施した、寄付により集まった食料の配布や炊き出しをしたり、屋内では誰でも自由に話をしたり、書初めができたり、飛び入りで楽器演奏をすることもできるという、大規模なイベント。
※3:「コジコジ」は、さくらももこ氏の漫画『コジコジ』の主人公。メルヘンの国に住む生物で、年齢や性別は不明。とてもかわいい!
※4:「炭治郎」とは、吾峠呼世晴氏の漫画『鬼滅の刃』の主人公、竈門炭治郎(かまどたんじろう)のこと。
※5:「アオイ」とは、『鬼滅の刃』に登場する神崎アオイのこと。炭治郎と同じく鬼殺隊に所属するものの、鬼と戦うことができなくなってしまい、傷ついた隊士のリハビリ訓練などに従事しており、大怪我を追った炭治郎たちの体力回復に力を貸します。
※6:「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」は、月曜日から木曜日の13:00-14:55にTokyoFMで放送中の番組です。
※7:山崎怜奈(やまざきれな)氏は、女性アイドルグループ・乃木坂46のメンバー、ラジオ・パーソナリティ。
※8:荻上チキ(おぎうえちき)氏は、評論家、ラジオ・パーソナリティ。TBSラジオ「荻上チキ Session」(月曜日から金曜日の15:30-17:50)でパーソナリティを務めており、山崎氏は2020年頃からこの番組のリスナーであるそうです。
※9:今回のコラムでは、荻上氏の言葉として引用しながらも、あえて言及しなかった、「みんなちがってみんないい」というコピーについては、機会があれば触れたいと思います。