公開日 2022年1月4日
更新日 2023年5月8日
こんにちは。ノスタルジー鈴木です。突然ですが、今回はコラムと称して、雑文を綴りたいと思います。少々お付き合いいただければ幸いです。
* * * *
「市本(いちぼん)」をご存知でしょうか。
「市本」とは、
主に社会人や大学生の方を対象に、本を介した学びと交流を促進し、働きながらも学び続けていける環境の醸成や新たな交流の機会創出を目的とした施設です。気になる本を読んだり本に関するイベントに参加するなどの新たな学びと交流の機会を提供します。
https://www.city.ichikawa.lg.jp/edu12/0000377465.html
というものです。2021年11月3日にJR市川駅前にオープンしたばかりの、文化的な体験を利用者に提供する施設ですね。
その「市本」で、クリスマスを間近に控えた12月23日の夜、初めて読書会が開催され、それに参加しました。
一般的な読書会では、あらかじめ決められた1冊の本について語り合うことが多いとのことですが、今回私が参加した読書会は、参加者(8名)が、紹介したい本、お勧めしたい本を1冊持参し、
①その本との出会いについて
②その本の内容について
話すという形式で行われました。
初対面の参加者同士でしたが、ファシリテーターの川上洋平さんによる進行が巧みなこともあり、また、皆が本好きということもあって、大いに盛り上がりました。
私は、持参する本を選定する際に、思い入れのある写真集にしようと決めていました。しかし、市川市にできた新しい施設で初めて行われる読書会には、「市川市に住んでいたり、市川市の職場で働いている、学校で学んでいる人が参加するであろうから、自分が市川市で活動していることと関連する本の方がふさわしいかもしれない」と思い、持参する本を直前に変更したのでした。
その本は、ベルリン在住の香山哲さんによるエッセイ漫画、『ベルリンうわの空 ウンターグルンド』です。
本稿では、私が読書会に持参したこの作品を紹介します。
内容には、香山さんの実体験や取材を通じて知った事実を含むものの、すべてがノンフィクションというわけではなく、あくまでも創作であり、虚実が入り混じっています。
書影の表紙を見ていただければわかる通り、人物の描き方が独特で、宇宙人や獣人、怪人、ロボットなど、人間とは少し異なる風貌をした登場人物たちが、ベルリンの地で生活し、交流し、活動する、という漫画です。Web上で公開された作品が書籍化されたもので、本作はシリーズの2作目に当たります。
この作品では、ベルリンに住むことになった主人公が、仲間たちと、場づくりを行う過程が描かれています。多様なバックグラウンドを持つ人が暮らす街に、誰かのための居場所をつくることは、まちづくりそのものだ――この作品を読み、こんなことを思いました。主人公(著者の香山さんを投影した人物)は、日本からベルリンへの移住者であり、ドイツ語を自由自在に操れるわけではありません。「ずっとそこに住み続けている市民」ではない主人公が、たぶんドイツ人だと思われる人物や、ウクライナからやってきたデザイナー、コロンビアで法を学んだ経験を持つ文筆家などの仲間と共に、自分が住む街を、今よりも住みやすい場所にするために活動するのです。
メンバーは、誰も「こういう活動」(街に絶対にあった方が良いと思う場をつくるなどの、いわゆる地域活動)をしたことがないのですが、地下空間の運用方法を募集していたところに、シャワーとランドリーを備えた部屋をつくることを提案したところ、この案が採用されたことから、「誰でも最初は素人なんだし、わかる人に相談しながらやろう」という気楽な構えで取り組むのです。
作中で場づくりに取り組むメンバーの中に、生粋のベルリン市民はいないのですが、その人の出自などはどうでもよく、やりたいから、やるべきだと思うからやっています。
市民による地域活動、まちづくりは、湯浅誠さんの言葉を借りるならば、「できる人が、できることを、できるときにやる」という性質のものであり、言うまでもなく、「やりたい人がやる」というものです。これが、ごく当たり前のことであるということを、この作品から改めて教わりました。
彼らが作り上げた場所がオープンして約1年が経過した頃、メンバーが自分たちが行っている「仕事でも遊びでもない活動」について語り合う場面で、このようなことを話し合います。
- 自分たちにどんなことができるか
- 自分たちにどんな余裕があるか
- 街が何を目指しているか
- 継続できなくても他にもやることはある
- 他にも色んなグループが活動している
- 義務でも競争でもどちらでもない
- とにかく無理しない
私たちフリースタイル市川でも、このようなことを、定例会議の際に、緩い雰囲気の中、話し合っています。それぞれが、自分の仕事があり、家庭があり、趣味などの私生活がある中で、NPO法人のメンバーとして、時間を割いて活動しているため、「とにかく無理しない」ということは重要で、義務感が強くなりすぎると、仕事と似たものになってしまい、意欲の低下につながるかもしれません。社会的に意義のあることに取り組む場合でも、無理せず活動を続けるには、達成感はもちろん、喜びや楽しさを感じることも必要なのだろうと思います。
作品中、ベルリンにあるシャワー・マップをつくるという場面で、これが不要になれば最高、という話を主人公の仲間がするのですが、私たちのNPO法人の活動も(たとえば、フードパントリーのマップが)必要のない状態になることが理想です。
最後に、著者である香山哲さんへのインタビュー記事を紹介します。
――『ウンターグルンド』では主人公たちがシャワーや洗濯機を誰でも無償で使える「清潔スペース」を運営し、ホームレスなどそこを訪ねてくる人たちとの交流が描かれます。こうした場を運営するモチベーションはどこから来るのでしょう?
取材などを通して感じたのは、一番は貧富の差が解決しないまま人類が続いている状況を、ちょっとでも変えていくべきということ。ホームレスまでいかなくても、「家庭が恵まれていたらもっとエリートになっていたかもしれない」とか、貧富の差を感じている人は多いです。それは努力の量ではなく条件で生じていることなので、その不公平がなくなってほしいという気持ちが強いです。
こうした社会問題には日本にいた時から関心がありましたが、ベルリンに来てより考えるようになりました。キリスト教文化ともリンクしていると感じるのですが、みんな寒さと飢えをしのぐことにとても敏感です。たとえ自業自得でそうなっている側面が大きくても、この二つからは守られていないといけないという意識が強い。リカバリーが終わってからその人が頑張れば良い、と考えている人が多いですね。
――清潔スペースの運営に関わる登場人物の一人が「本来なら市が生活困窮者の支援をするべき」と言っていたのも印象的で、「自助・共助・公助」について改めて考えさせられました。
余裕のある人からシステムに目を向けて改善していかないといけないと思って、登場人物にそういうことを言わせています。こうした話はわかっている人はとっくにわかっているけれど、今はわかるとわからないの中間くらいの人が多い。そういう人が気づくきっかけになったり、自分の理想に適した投票先を判断するきっかけになったりすればいいなと思って描いています。
生きやすい街を求めて。ドイツ移住の日々を描く香山哲さん「ベルリンうわの空」インタビュー https://book.asahi.com/article/13853305
「貧富の差が解決しないまま人類が続いている状況を、ちょっとでも変えていくべき」、「余裕のある人からシステムに目を向けて改善していかないといけない」という、香山さんの考え方に首肯します。
システムに目を向けるとありますが、これは、ある問題に対し、対処療法的にではなく、本質的な解決を目指して取り組むということだと思います。それは簡単なことではありませんが、フリースタイル市川が、まちづくりの諸活動を行う時には、表出している症状だけを見るのではなく、その根本的な原因を、構造を見極め、なぜ今そのようになっているのかを考えることと、どのような姿にしたいのかを考えることを(忘れがちなのですが)忘れずにいたいと思います。
※太字箇所は、枝廣淳子さんの『好循環のまちづくり!』(岩波新書)を参考にしています。
この作品『ベルリンうわの空 ウンターグルンド』を、フリスタのみんなにも読んでもらい、読書会を開催したいとも思いました。あるいは、フリスタ以外の参加者も募って、読書会を開催するのも面白いですし、それを市本で実施するのも良いですね。参加者を募って読書会を開催する場合は、お知らせします。また、是非このような読書会を開催してほしいというようなご要望などがあれば、ご一報ください。
※当コラムは、「むろん、ストリートで!」に掲載した文章を加筆修正したものです。